私は葉村美鈴、葉村家の長女である。
葉村の父とは血の繋がりはない、私は母の連れ子で母が再婚してから妹が産まれた。
父は建築設計事務所の社長をしており、でもはっきり言って経営は赤字続きのようだ。
私は恋愛には程遠い生活をしている。なぜなら過去に辛い経験をして、もう誰かを愛する事に自信が持てないのだ。そして恋愛から逃げて仕事に打ち込んだ。
だから私が家計を支えていると言っても過言ではない。
疲れた、最近残業続きでくたくただ。
そんなある日、父の会社が倒産に追い込まれる事態になった。
父は頭を抱えて悩んでいた。
そこへ戸倉建設株式会社の御曹司、戸倉慶が我が家を訪ねて来た。
「はじめてお目にかかります、自分は戸倉建設株式会社の戸倉慶と申します」
父はそんな大企業の御曹司が何の用事なのかと首を傾げていた。
「突然で失礼かと存じますが、葉村建築設計事務所の借金を自分に払わせて頂けないでしょうか」
「はい?あのう、仰ってる事がわかりかねますが」
戸倉慶は話を続けた。
「我が社の下請け業務をお願いしたいと思いまして、そのために借金を自分が払います」
「どうしてそのようなことを、うちは御社の下請けを出来る程、技術が高いわけでもありません」
「無理はなさらず、今まで通りの仕事をして頂ければ構いません」
「しかし」
「その代わり、お嬢さんを自分にください」
「はい?」
「お嬢さんと結婚させてください」
父も母も戸倉慶の申し出にびっくりして言葉が出なかった。
「おい、二階にいるだろ、早く呼んでこい」
父は母に指図した。
「はい、今呼んで来ます」
母は慌てて二階に上がって来た。
二階にいたのは私と妹。
妹は二十歳、とても可愛くて、誰からも好かれるタイプ。
それに引き換え私は冴えないアラフォー、暗くて、全くいいとこ無し。
「今、戸倉慶さんがいらしてお嬢さんをくださいって、結婚させてくれたらお父さんの会社の借金を払ってくれるって」
「戸倉慶?あの、戸倉建設株式会社の御曹司?」
「そうよ、早く着替えて、勿論結婚するでしょ?」
「当たり前よ」
「お姉ちゃん、ワンピース貸して」
「どれがいいかな、やっぱり清楚な感じがいいよね」
妹は舞い上がっていた、それはそうだろう、戸倉建設株式会社御曹司は若い女の子が皆狙っているイケメン社長だから。
二十五歳で病気のお父様から社長業を受け継いだやり手の若きエース。
妹は急いで着替えて、化粧をして、母と下へ降りて行った。
父親と戸倉慶は妹の登場を今か今かと待っていた。
部屋の前で深呼吸をした妹はノックをして部屋に入った。
妹の名前は葉村美香。
父親は美香に席に着くように促した。
「はじめまして、葉村美香です」
戸倉慶は何故か困った様子を見せた。
「あのう、すみません、自分が結婚したいのは美香さんではなくて、美鈴さんです」
父親も美香も驚きを隠せなかった。
「あのう、美鈴はもう四十歳です、美香ですよね、戸倉さんが結婚したいのは」
戸倉慶ははっきり言葉を発した。
「美鈴さんです」
父親は美香に美鈴を連れてくるように促した。
「美鈴を連れて来なさい」
妹は怪訝そうな表情で納得が行っていない様子を見せた。
妹は私の元へやって来た。
「お姉ちゃん、戸倉さんが結婚したいのはお姉ちゃんだって」
妹の言葉に呆然と立ち尽くした。
「お父さんが早く着替えて降りてくるようにって」
母も慌てて駆けつけた。
「美鈴、早く着替えて、結婚する最後のチャンスよ」
ちょっと待ってよ、どう言う事?相手は戸倉建設御曹司、しかも二十五歳?
私、初対面だよね、何で?父の会社の借金を払ってくれて、冴えないアラフォーの娘を貰ってくれて、戸倉さんに何のメリットがあるの?
私は頭を整理出来ないまま急いで着替えるように促された。
「もう、お姉ちゃん、口紅はこれ使って」
そう言って私に淡いピンクの口紅を手渡してくれたのは妹だった。
同じ母親から産まれたのに全てが真弱の私と妹。
いつも私はこのうちの中で厄介者だった。
何の役にも立たない、せめて家計を支える位しかなかった。
それなのに突然降って湧いて来た結婚話、しかも相手は父の会社の借金を払ってくれる条件に、私と結婚させて欲しいなんて。
父にしてみれば、戸倉さんは神様みたいな存在だろう。
借金払ってくれて、売れ残ったアラフォー娘を貰ってくれるのだから。
でも私にしてみれば、十五歳も年下の御曹司との結婚、幸せになれる気がしない、戸倉さんは何を企んでいるのか、勘ぐりたくなるのが当たり前だ。
ドアをノックした。
「入りなさい」
と父の声がした。
「失礼します」
ドアを開けて部屋に入ると、戸倉さんと思われる男性と目が合った。
その男性は私の姿を確認すると、いきなり立ち上がりツカツカと私の目の前に歩み寄った。
じっと見つめ合い、その男性は私にこう言った。
「美鈴さん、自分と結婚してください」
そして私の手を握り手の甲にキスをした。
一瞬時が止まったかのような錯覚を覚えた。
はじめて会った男性にプロポーズされて、戸惑いを隠せなかった。
私は慌てて手を引っ込めた。
戸倉さんは躊躇することもなく、更に一歩私に近づき「食事に行きましょう」と私をエスコートしてくれた。
そして父に「美鈴さんをお借りします」と言って私を連れ出した。
玄関の前に停めてあった高級車の助手席のドアを開けて「乗ってください」と私を車に乗るように促した。
私は仕方なく戸倉さんの車に乗った。
「美鈴は何が好き?」
いきなり呼び捨て?美鈴なんて呼ばれたのは両親以外初めてのこと。
私は何人かの男性と交際経験はあるが、いつも葉村さんで終わってしまう。
つまり、最後までいった事がない。
いざとなると悪夢が脳裏を過る。
「どうかした?」
彼の問いかけに驚いてしどろもどろになってしまった。
「いえ、あのう、ちょっと」
彼は急に笑い出し「美鈴と一緒だと楽しいなぁ」とポツリと言葉を発した。
何?私からかわれてるの?
「食事はイタリアンでいいかな」
「はい、大丈夫です」
そして高級レストランへ車を走らせた。
食事をしながら、いくつか質問をした。