◇

「波、ちょっと相談があるんだけど、いい?」

「空ちゃんが悩み事?」


 そう言って首を傾げる波。
 前と比べるとやっぱり元気がない。
 まぁ当たり前だろう。
 仲良くしてした友達に裏であんなに言われていたらショックを受けてしまっても仕方ない。


「うん。私、陽キャ辞めるわ」

「えっ…?」


 大きな目をこれでもかというほど見開く波。
 でも、次の瞬間にはいつものくしゃりとした笑顔が花を咲かせた。


「うんっ! 空ちゃんが決めたことだもんね、私は空ちゃんについていくよー!」

「えっ?」


 今度は私が目を見張る。
 まさかそんな答えが帰ってくると思っていなかったため動揺が表面上から伝わるほど溢れ出す。


「あははっ空ちゃんめちゃくちゃ意外って顔〜! 私は空ちゃんと一緒にいるのが楽しいから。正直、あんなこと言われたあとに可奈ちゃんたちと仲良くなれる気は、しないよね…あははっ…」


 最後の言葉を聞いたあと、波の手を取る。
 冷たくて、悲しそうな手。


「波、言ったでしょ。私は波の味方だって」


「空ちゃん、なんだか、元気になった? 思い出したくないことも言われちゃったのに」


 確かにあの思い出は思い出したくない思い出だ。
 それでも、何故かとても大切で忘れてはいけない思い出だ、と誰かに言われている気がする。


「うん。でも、なぜか大切な思い出なんだ」


 えっと、その自殺した男子の名前、何だったかな。
 いけないな、大切な思い出だって言ってるのに名前忘れちゃうとか。
 あとで隣の席の名前確認し直しておこう。


「これから可奈子たちに言いに行こうかなって思ってる。波は? 来る?」

「うんっ! 行くに決まってるじゃん〜!」

 ◇

「ねぇ、可奈子」


 名前を呼ぶと大していつもと変わらない可奈子の顔。


「空に波、おは〜! ねぇねぇっ! 今日サボって遊びいかない?」


 昨日のことなんか何もなかったようにケロリと喋りかけてくる可奈子。
 それくらい私達はただ単に一緒にいる人でしかなかったんだ。
 やっぱり、少し悲しいけど。
 でも、表面上だけの友達はもっと辛い。


「行かない。それに私、陽キャ辞める。一軍気取るの辞める。やっぱ私には分不相応だったわ」


 そう言うと興味を無くしたようにそっけなくなる。
 私達をものとしか見ていない。
 自分を映えさせるためのただの道具。


「そっか。まぁ確かに空には似合わないかもね。下でいるほうがやっぱりお似合いだよ〜? あははっ」


 可奈子の笑い声は恐怖だ。
 国の女王様に見下されているような、そんな気持ちになるから。
 でも、私は今までそんな強さに甘えていたのかもしれない。
 私は、可奈子がうつっていた。
 誰に何を言おうとも従えさせる可奈子が羨ましかった。
 でも。

 ー空は本当はとても優しいんだよー

 心のどこかからそうやって聞こえてくる。
 もう、何を言われても傷つかない。


「やっぱり、可奈子は変わらないんだね。やっぱ私、可奈子の性格合わないわ。可奈子のそうやってすぐ悪口言うところ嫌い」

「はぁっ?」


 可奈子がギロリと私を睨む。


「あははっ、これが最後の憎まれ口だね。可奈子、ありがとう。可奈子と一緒にいるのも楽しかったよ。じゃあ、ばいばい」


 笑って返すと可奈子も少しだけだけれど笑ってくれる。


「はぁー! なんだかスッキリした〜!」


 こうなる運命なら、最初から辿らなければよかったのかもしれないが、でもやっぱり、私達にはこの道はとても必要なものだった。
 どれだけ苦い思い出があっても、それも一種も大切な思い出だ。
 人には人の合う合わないがある。
 無理して背伸びしても合わない可能性だって、背伸びしたおかげで合う可能性だってある。
 自分の努力が報われないと感じるなら、報われていると思えるような居場所を探したらいい。
 無理に今の位置をキープする必要はないんだ。
 案外、こんな自分にと思っている自分についてきてくれる人はいるらしい。


「ね〜空ちゃん。今日の放課後二人で遊びに行かない?」


 多分まだまだ若い私達にはたくさんの困難が現れて、人間関係に悩んで、いろんな苦労を味わうことになるだろう。
 でも、そのすべての出会いも困難も、大切な思い出となる。


「いいね。どこいく?」

「ん〜じゃあ、遊園地とかは? 平日の昼だからきっと空いてるに決まってる〜! そうと決まれば、さっさと出発〜!」


 あっ、隣の席の人の名前見ないと。


「うん。ちょっと待ってね」


 ガタンと机を動かして小さく書かれたネームシールを見る。
 丁寧な字で繊細に書かれたきれいな文字。


「天都、千歳…?」

「空ちゃん〜! なにやってんの〜? 速く行かないと混んじゃうよ〜!」


 もう一度名前を見る。
 天都千歳、天都千歳。
 今度こそ、忘れないようにしよう。
 苦しくて、辛い、でも大切な思い出の名前


「うん、すぐ行く〜!」

「良かったね。空」


 今、声が聞こえた気がしたんだけど。気のせいだろうか。
 優しくて、何回も聞いたことがある気がしたんだけどな。
 思い出せないし。


「まぁ、気のせいか」

「わあっ!見てみて、空めちゃくちゃすごいよ〜!」


 波の言葉を聞いて上を見る。
 不透明な雲の隙間から太陽の光が漏れ出している。
 確か、薄明光線だったかな。
 不透明みたいなのに透明だから、不透明で透明な天使が舞い降りてきそう。


「ほんと。たしか、天使の階段とかってもいうらしいよ」

「へ〜! 空ちゃん物知り〜! 私達に大人の階段登れたねって天使たちが祝福してくれてるとか?」

「あははっ、なんで知ってるのか私にもわからないんだけど。うん、そうだといいね」


 私達は、いつ足を滑らせるかわからないような階段の上にいる。
 居心地が悪くなったら、階段の上にいる子に頼んで手を握って引っ張ってもらう。
 逆に、苦しそうな子が居たら、引っ張ってあげる。
 そうやって少しづつ成長していけばいい。
 少しづつでも、進むだけでいい。
 不透明を透明にしていくように。
 透明を重ねて不透明にしていくように。
 積み重ねていけばいいのだ。
 もう私は、大丈夫だ。
 何も怖いことなんかない。
 だって、


 不透明で透明な天使の瞳には、私達が映っているから。


【完】