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 学年が上がってから3回目ほどの席替えだった。
 これといって仲のいい人もいないし、仲のいい人どころか前の学年から続いていた陰湿な嫌がらせは学年が上がっても続いている。
 主犯であろう人物と同じクラスにするなんて、前の担任もどうかしている。
 くじを引き、前の黒板に書かれた番号のところに席を移動させる。
 となりの席をみて少しだけ顔をしかめる。


「空、席どこだったの〜?」


 隣の席に座るのは、このクラスで一番発言権を握っている佐伯さんが話しかけにきた女子、玖森さん。
 佐伯さんの次くらいに発言権が強く、いわゆるカースト上位っていうやつ。


「空の隣って、うーわっ天都じゃん。どんまい空〜」


 そして、佐伯さんは玖森さんの隣の席に座る自分を見てニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべて笑った。
 でも、そんなこともう慣れっこなくらいだ。
 昔から親に感情をあらわにするなと言われていた。
 その言葉を守ってずっとにこにことしている笑い方が定着してしまった。
 いろいろな表情ができなくなってきた。
 驚くだったり、悲しむだったり、笑うだったり。
 最後に驚いたのはいつだろう、最後に涙を流したのはいつだろう、最後に笑ったのはいつだろう。
 わからなくなってきた。
 だから、少し羨ましかった。
 そうやって感情を表に出して、笑い合ってできるのが。


「どんまいって、そんな慰めよりもその笑い声のほうが刺さるわ」


 佐伯さんの頭を軽く叩く玖森さん。
 その動作の節々から少しの優しさが見て取れる。
 案外根は優しい人なのかもしれない。
 佐伯さんが去ったあと、切れ長の瞳がすっと僕を捉える。


「悪いけどわたし、陰キャとペアワークとか無理だから。そこらへんの人とやってて」


 前言撤回をしたくなるようなほど鋭い言葉を放つ玖森さん。
 普通の人ならばだいぶ心がえぐられるだろう。
 でも僕はそうは思わない。
 一人じゃなくて、そこらへんの人にしているところや、悪いけどと先に謝るところ、そこから優しさを感じてしまうほど。
 それだけ僕は歪んでしまったのだろう。
 例えば佐伯さんならどう言うだろうか。
 「陰キャとペアワークとかマジで無理なんですけど〜!!誰か席交換して〜!!」とかだろうか。
 それとも「マジ陰キャとペアワークとか無理なんだけど!! 別の人と…あっでも陰キャだから友達なんていないか〜! ごめんねー、あははっ」とかだろうか。
 なんにせよ、僕にとって玖森さんはまだ当たりな方だ。
 
  ◇

「あれ、靴がない…」


 下駄箱や周辺を探しても綺麗サッパリいなくなった下靴。
 どうしようかと困っていると後ろから声が聞こえた。


「お探しものはこれですか〜?天都くん〜?」


 そういってひょいと手に握られている自分のローファー。
 「あっ、そうです、ありがとうございます」と言ってローファーをもらうため近づこうとる。


「そうかお前のか〜じゃあ…」


 ニヤニヤとなにか企んだような笑顔をして、僕のローファーをすごい勢いで近くの窓に向かって投げた。
 見事に命中された窓は耳をつんざくような音を上げて粉々に地面に散らばった。
 星が輝くように光を反射しながらパラパラと床に散っていくガラスの破片。
 その音を聞いた周りの人たちがぱらぱらと集まってくる。
 その散らばった破片みたいにぞろぞろと。
 その中に玖森さんも含まれていたらしい。
 人が集まってくるのを見計らってそそくさと逃げるように帰っていく名前も覚えていない人たち。
 そして、他の人よりも一足も二足も早くついたが、現場目撃には一足足りなかった玖森さん。
 そうとう近かったのだろう。


「はっ? 窓割れてんじゃん。あんた、何してんの」


 そういってギロリと睨むように見てくる玖森さん。
 案外真面目なのだろう。
 学校のカースト制度というのは目が大きい順だったり、目がどれだけ人を惹きつけるかだったりの順番でできているのではないのだろうかと呑気なことを考える。


「なにがあったの…!? って、窓が割れてるじゃない! これ、誰がやったの…!!」


 先生がぞろぞろと集まった破片たちを見渡す。


「これ、近くにいたから玖森さんじゃない…?」

「ね…あの男子いじめて割ったのを濡れ衣着せようとしてただけじゃない?」


 みんな口々にただの推察でしかない情報を話し出す。
 すると、強いものは弱いものをいじめるという思考に陥り、必然的に玖森さんが責められる。


「は? んなわけないでしょ。私が来たときから割れてた。だからこいつでしょ」


 玖森さんは現場を見ていない。
 だから普通に考えて来たときにその場にいた僕を疑うのは当たり前だろう。
 でも、残念ながら僕でもない。
 しかし、玖森さんは見た目の割にというと失礼だが、勉強ができるらしい。
 生活態度はあれだが、それを抜きでも推薦校に受かるとうわさされているほどだ。
 だが、さすがのその成績でも、窓ガラスを割ったなどの器物破損は推薦に響いてしまうのか、先生は僕の方を見た。


「天都くんがやったなんて信じられないけど、その場にいたんだからね」


 そう言いながらこちらに来なさいとでもいうかのように手引する先生。
 これは説教コースかつ賠償コースだろう。
 聞こえないようにため息をついて後を追う。


「はい…すいませんでした」


 生徒指導室に連れてこられて小一時間ほどたったころ、やっと僕は牢屋の拘束から開放された。
 親に連絡は行ったとのことだから帰ったらまたしても説教コースだ。


「あっ」


 くるりと音のしたほうを振り向くと、玖森さんが立っていた。
 少しバツが悪そうに横を通り過ぎていく。


「よし、帰ろう」


 数十分もかからないいつもの歩道を歩いて帰る。
 うちの生徒は学校周辺のところに住んでいる生徒が多いけれど、案外玖森さんは汽車通らしく、毎朝早い汽車に乗ってわざわざ来ているらしい。
 頭の悪いところに来れば頭脳面でもマウントとれるでしょ、と話していた記憶がある。
 そうやって考えているうちにも家にはついてしまう。
 カチャリと静かに扉を開あけるようにしたつもりだったが、その音で起きたらしい母親がドタバタと走ってくる。
 そしてパシンという音とともに頬のあたりが熱くなっていく。


「あんた!またなにかやったの!!??ほんとに、…私の用事ををふやさないでよ。しかも、今回は賠償って。一円稼ぐのがどれほど大変かも分かってない親不孝者ね」


 いつもの小言のようにベラベラと喋る母親。
 いつものパターンか、と思ったが、今日はいつもはつかない一言がついてきた。


「こんな子知らないわ。早く、私の前から消えて頂戴…」


 これだけは僕にいっているのだと伝わるほど目を見ていってきた。
 実の親に言われてしまうと少し心がえぐられる。
 あぁでも、そういうことなんだ。
 僕はもともといらない子だったんだ。
 世界にとっても、家族にとっても。
 そう思うと何故か行動しないと行けないような気がして、母親を押しのけて自室へ行く。
 紙を一枚取り出して、「僕はいらない子だったんです。だから天使に連れて行ってもらいます」と書く。
 でも、僕は悪いから天使には連れて行ってもらえないかと自嘲気味に笑ってから下の一文を消す。
 ガラリとベランダの扉を開けて手すりに手をかけ、腰掛ける。


「なんだっけ、薄明光線?てんしの天使の階段とも言うんだったっけ」


 きれいに広がる空を見て、笑う。
 天使に連れて行ってもらいたかったな。
 そう思ってベランダから見を投げ出す。
 天使に見守られながら僕は心に雨をふらした。
 出どころがわからない一生止まない雨。
 空いっぱいに広がる薄明光線を見て、僕はこの日、自殺した。

 ◇

 次の日、目を開けると学校の教室が広がっている。
 死にきれなかったのかと思い、バット体を上げる。
 授業中らしいが、誰も僕の姿は見えていない。
 わからないなりに自分の席を見ると、玖森さんが休みだった。
 珍しいなと思っていると、気がつくと1、2ヶ月ほど経っていた。
 ほどなくして玖森さんは学校に復帰したが、一つ驚くことがあった。
 それは。