◇
「あぁ〜!! よかった〜! あった! あったよ! はぁ〜私これのために今生きてる〜」
新作のドリンクを片手に自撮りを始める可奈子。
SNSのフォロワーも多く、毎日写真をアップして数分でいくつものいいねがくる。
「可奈子、あとのお客さんの邪魔になるから、一旦出ない?」
「いや!何いってんのー!こうゆうのは店で撮るのが一番なわけ!!」
ずいずいとよってくる可奈子の手を利用して手首を掴み店の外へ出ていく。
可奈子は「なにするの!?」と言いながら私に引きづられるような形で外へ出された。
「ちょっと、何すんのよ空。せっかくさっき盛れてたのに」
「空ちゃん、なかなかに大胆だね〜!あはっ」
「まじ最悪なんだけど」
段々と雰囲気が悪くなっていくのが分かった。
止めたほうがいい?
でも、その険悪な雰囲気の話題の登場人物で私も出ている。
ここで私が止めても火に油を注ぐだけだろう。
「ほ、ほらっ、可奈子ちゃん。あそこのお店のスイーツ美味しそうじゃない…?それ飲んだら皆で行きたいな〜…」
なんて、と続きそうな紗良の言葉を聞いてはっとなった。
紗良は、この雰囲気を少しゆるまそうとしてくれているのだろう。
普段は口下手な紗良だけれど、多分この中では一番人の気持ちを考えているような子だから。
「…うん。確かにっ!あそこも美味しそう〜!!波、空、速くそれ飲んであそこ行こう!!」
少しの間の後いつもどおりの明るい声を出す可奈子。
おかしい。
どう考えてもおかしい。
可奈子は性格上不機嫌になるとずっと引きずっているようなタイプだ。
それなのにあんなに一瞬で機嫌が直ることなんてなあるのだろうか。
そう思いつつも言われた通りさっきの店で買ったドリンクを一気に飲み切る。
甘ったるくて、お腹にたまる砂糖の味。
フラッペの上に生クリームを乗せたような飲み物は胃もたれがしそうなほどだ。
いや、本当に胃もたれをしたのか、はたまた冷たくてお腹が冷えたのかはわからないが、急な腹痛に見舞われた。
どうしよう。トイレに行かせてもらうか、頑張って乗り切るか。
ぎゅるると嫌な音をたてるお腹に反応してもう無理だと言わんばかりに席をガタリと立つ。
「ごめん…急にお腹が痛くなって。あとから行くから先にお店行っててくれる?」
「えっ、空ちゃん大丈夫なの?」
声をかけて少し寄ってきてくれる波と、心配そうに顔を覗き込んでくる紗良。
そして。
「おっけー!じゃあ先行ってるね〜!」
お構いなしにズカズカとお店の方へ進んでいく可奈子。
「えっちょっと可奈子ちゃん〜」と可奈子を呼ぶ波。
私を置いていってもいいのか不安な様子だ。
「波大丈夫だよ。多分お腹冷えちゃったのかな」
「そっか、じゃああそこで待ってるからね」
「うん」と言って波と紗良ともわかれたあと、壁を伝うようにしてトイレまでたどり着いた。
◇
一旦腹痛が去ったあと、可奈子たちのところへ向かう。
遠くからでも可奈子と波の薄いブロンズの髪色のおかげで、一瞬にしてどこにいるのかが分かった。
お店の出口の一番近い位置。
多分あそこが一番光が入ってきれいに写真が撮れるのだろう。
ドリンクを買うためにズラリとならんだ列の最後尾に並ぶ。
あと少しのところで可奈子たちと窓を隔てて立つ形になった。
そのとき、微かに会話が聞こえてきた。
「それ……さぁ!ほんと………空って………よね〜?」
「え……?」
「そう…な?」
「波……う〜?なん……か」
会話はとぎれとぎれで聞こえてくるが私の話をしていることは確かなようだった。
何を言われているんだろう。
なんて言われているんだろう。
怖くて足が一歩も動かない。
とぎれとぎれでしか聞こえていなかったはずなのに、次のセリフは一段と大きく、はっきり耳に届いた。
「"自分一軍ですよ感"すごくない〜?なんか、ほんとは一軍じゃないのに一軍気取ってるっていうか〜?」
一瞬時間が止まって世界が止まった。
がくりと膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか堪える。
可奈子から出たその言葉が鋭く、早く、強く、奥深くまで刺さっている。
スズメバチの毒針が刺さったように毒がじわじわと広がっていく。どんどん心が黒ずんでいく。
影って、くすんで、濁って、濁って、心がどんどん黒くなっていく。
私は、なりたい自分になれていなかったの?
私がカースト上位に入れていると思っていたのは私だけなの?
本当は、私のことを皆うざいと思っていたの?
気取ってるって思ってたの?
一軍だと思っていたのは、私の自惚れだったの?
グラグラと、ガタガタと、私が今まで積み重ねてきたものが崩れていく感覚がした。
レンガで高く高く積み上げて守っていたはずのお城が、どんどん崩れていく。
「あ……あっ…」
大分並んだ列をばっと抜けてもう一度トイレに駆け込む。
胃の中なら何かがこみ上げてくるのに、何も出ない感覚が気持ち悪くなり再び吐き気に襲われる。
無理だ、もう無理だ。
戻れるような強さは、私は持ち合わせていない。
ふらふらとした足取りでショッピングモールのエスカレーターに乗り、自動ドアをくぐり家へと向かう。
向かっていた、はずだったのだけれど。
親は高校に入ってから変わってしまった私のことをよくは思っていない。
家も、少し息苦しい。
気がついたら校門をくぐり、屋上に続く階段のところへ自然と足が向いてしまっていた。
階段を登ると見えた、そのすらりとした体を見た瞬間、初めて息の音が聞こえた。
止まっていた呼吸がまた息を吹き返した。
ふわりという音がなるようにあいつが振り返る。
「あれっ…!?空なんで…遊びに行ったんじゃないの?」
少し驚いたように目を見ひらく。
でも、包み込むように笑っていてくれるあいつ。
「天都…」
「何かあったの? 僕でいいなら相談乗るよ」
その言葉を聞くとせき止めていた思いが溢れ出してしまった。
誰がお前なんかに、という自分と天都に聞いてほしい、という自分がいる、
見栄っ張りで、素直になれなくて。
泣き虫で、メンタルが弱くて。
頼れなくて。
そんな自分を聞いてほしい。
「天都に、聞いてもらいたい」
「わかった」と言って階段の一番上まで手招きされる。
話してもいいよ、と言うかのように視線を向けてくる天都を見て、ぽつりぽつりと拙い言葉で話し始める。
「私って、うざいやつだよね…」
はっとしたような顔をして天都は「そんなことない…!」と言おうとしたが、口をつぐんだ。
全力で聞こうとしてくれているのだと感じられた。
「中学のときから憧れてたの、クラスの一軍の人たちに。中学の時から明るい方だったけど、一軍の子たちみたいに校則違反をするような勇気は私にはなくて」
静かにうなずきながら話を聞いてくれる天都。
痛みを共有しているかのように天都の顔も悲痛に歪んでいる。
そんな顔でも醜いくらいきれいなのが少し癪だ。
「だから、高校生だしちょっとくらいなら大丈夫って言い聞かせて、それで、やっと、やっと手に入ったと思ったのに…」
ぽつりとしずくが落ちるように言葉が滴る。
「すぐに、こぼれていった…」
「うん」
「皆他の子たちと新しい居場所や仲間を作りに行っているのに、私だけ、ずっとそこでもがいてばかりで」
行かないでって手を伸ばしてもするりとかわされて、放さないってぎゅって掴んだら、うざいって振り払われて。
「私は所詮ちっぽけな人間だから、くれくれすることしかできなくて。自分から行って、相手に振り払われるのが怖くて。必死に相手の様子を伺ってた」
私は怖かった。
いつこの居場所が無くなるのか怖かった。
だから必死に今の居場所を守ろうともがいてもがいてしていた。
相手に嫌われたくない。
不機嫌になってほしくない。
なのに。
「なのに、自分のふとした発言で相手が不快に思ってた。私は、どれだけ努力したって報われてない…」
私は皆の一種のターニングポイントにしか過ぎなくて。
"私"を起点にして、私の周りの子たちの方に行って、私をおいて行く。
「行かないでよ…」
そう呟くと、あまと天都がすっと手を重ねてくる。
ひんやりしていて、生気を感じられないくらいなのに、何故かとてもあたたかい。
澄んでいるようで澄んでいない天都の瞳には、私が映っている。
目は心の鏡だ。
天都の鏡は、くぐもっていてよく見えない。
キュッキュと拭いてしまいたくなるような霞んだ鏡。
でも、くすんでいない。
ぼんやりと形が映し出されている。
「空。たしかに空は、皆の中間地点でしかなかったのかもしれない。でも、スタート地点とゴールを繋ぐには、中間地点が必要でしょ?それだけ空が、みんなを繋げだったことだよ。スタート地点を持っている人と、ゴール地点を持っている人を、空が中間地点として繋げる。空がいたから、つながった縁もあるんだよ。だから、空はみんなの頼りの綱なんじゃないかな」
私は1種の、中間地点にしか過ぎない。
みんなすぐに去っていくような報われない地点。
ずっとそう思っていた。
「空は、クラスでの発言とか行動とかを見ていると、クラスメイトからは強いって思われているのかもしれない。でも、そんなことないでしょ。空は本当は」
天都が何を言いたいのわかる気がする。
何度も言われたあの言葉。
「誰よりも優しくて、誰よりも弱い」
「弱いけど、優しい…」と反復するようにもう一度言う。
「空は、自分の弱さを隠すために強いふりをして、傷ついちゃっているんだよ。自分がこんなにボロボロになっちゃうまで。でも、根っこは変わっていない。だから前みたいにまっすぐ自分からいけなくなって…本当は、誰よりも優しくて、弱くて、強いのに…」
だんだん弱くなっていく天都。
前みたいにという言葉が無性に引っかかって気になってしまう。
前ってなんなの。
皆知っているの?
私だけが知らないことなの?
「空、僕はどこにもいかないよ。空を見届けるまでは、どこにもいかない。だから、笑って?空辛かったら泣いて、そして精一杯笑って、もう大丈夫って」
普通に考えると漫画や小説の中で言われる胸キュンシーンの会話。
でも、天都は懇願するように頼むように言ってくる。
その瞳にキュッと胸が締め付けられる。
私は、天都に何をしてしまったのだろう。
雪の結晶のように脆い彼に。
「空、ごめんね…」
すがるように呟かれた天都の声は聞こえなかった。
「あぁ〜!! よかった〜! あった! あったよ! はぁ〜私これのために今生きてる〜」
新作のドリンクを片手に自撮りを始める可奈子。
SNSのフォロワーも多く、毎日写真をアップして数分でいくつものいいねがくる。
「可奈子、あとのお客さんの邪魔になるから、一旦出ない?」
「いや!何いってんのー!こうゆうのは店で撮るのが一番なわけ!!」
ずいずいとよってくる可奈子の手を利用して手首を掴み店の外へ出ていく。
可奈子は「なにするの!?」と言いながら私に引きづられるような形で外へ出された。
「ちょっと、何すんのよ空。せっかくさっき盛れてたのに」
「空ちゃん、なかなかに大胆だね〜!あはっ」
「まじ最悪なんだけど」
段々と雰囲気が悪くなっていくのが分かった。
止めたほうがいい?
でも、その険悪な雰囲気の話題の登場人物で私も出ている。
ここで私が止めても火に油を注ぐだけだろう。
「ほ、ほらっ、可奈子ちゃん。あそこのお店のスイーツ美味しそうじゃない…?それ飲んだら皆で行きたいな〜…」
なんて、と続きそうな紗良の言葉を聞いてはっとなった。
紗良は、この雰囲気を少しゆるまそうとしてくれているのだろう。
普段は口下手な紗良だけれど、多分この中では一番人の気持ちを考えているような子だから。
「…うん。確かにっ!あそこも美味しそう〜!!波、空、速くそれ飲んであそこ行こう!!」
少しの間の後いつもどおりの明るい声を出す可奈子。
おかしい。
どう考えてもおかしい。
可奈子は性格上不機嫌になるとずっと引きずっているようなタイプだ。
それなのにあんなに一瞬で機嫌が直ることなんてなあるのだろうか。
そう思いつつも言われた通りさっきの店で買ったドリンクを一気に飲み切る。
甘ったるくて、お腹にたまる砂糖の味。
フラッペの上に生クリームを乗せたような飲み物は胃もたれがしそうなほどだ。
いや、本当に胃もたれをしたのか、はたまた冷たくてお腹が冷えたのかはわからないが、急な腹痛に見舞われた。
どうしよう。トイレに行かせてもらうか、頑張って乗り切るか。
ぎゅるると嫌な音をたてるお腹に反応してもう無理だと言わんばかりに席をガタリと立つ。
「ごめん…急にお腹が痛くなって。あとから行くから先にお店行っててくれる?」
「えっ、空ちゃん大丈夫なの?」
声をかけて少し寄ってきてくれる波と、心配そうに顔を覗き込んでくる紗良。
そして。
「おっけー!じゃあ先行ってるね〜!」
お構いなしにズカズカとお店の方へ進んでいく可奈子。
「えっちょっと可奈子ちゃん〜」と可奈子を呼ぶ波。
私を置いていってもいいのか不安な様子だ。
「波大丈夫だよ。多分お腹冷えちゃったのかな」
「そっか、じゃああそこで待ってるからね」
「うん」と言って波と紗良ともわかれたあと、壁を伝うようにしてトイレまでたどり着いた。
◇
一旦腹痛が去ったあと、可奈子たちのところへ向かう。
遠くからでも可奈子と波の薄いブロンズの髪色のおかげで、一瞬にしてどこにいるのかが分かった。
お店の出口の一番近い位置。
多分あそこが一番光が入ってきれいに写真が撮れるのだろう。
ドリンクを買うためにズラリとならんだ列の最後尾に並ぶ。
あと少しのところで可奈子たちと窓を隔てて立つ形になった。
そのとき、微かに会話が聞こえてきた。
「それ……さぁ!ほんと………空って………よね〜?」
「え……?」
「そう…な?」
「波……う〜?なん……か」
会話はとぎれとぎれで聞こえてくるが私の話をしていることは確かなようだった。
何を言われているんだろう。
なんて言われているんだろう。
怖くて足が一歩も動かない。
とぎれとぎれでしか聞こえていなかったはずなのに、次のセリフは一段と大きく、はっきり耳に届いた。
「"自分一軍ですよ感"すごくない〜?なんか、ほんとは一軍じゃないのに一軍気取ってるっていうか〜?」
一瞬時間が止まって世界が止まった。
がくりと膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか堪える。
可奈子から出たその言葉が鋭く、早く、強く、奥深くまで刺さっている。
スズメバチの毒針が刺さったように毒がじわじわと広がっていく。どんどん心が黒ずんでいく。
影って、くすんで、濁って、濁って、心がどんどん黒くなっていく。
私は、なりたい自分になれていなかったの?
私がカースト上位に入れていると思っていたのは私だけなの?
本当は、私のことを皆うざいと思っていたの?
気取ってるって思ってたの?
一軍だと思っていたのは、私の自惚れだったの?
グラグラと、ガタガタと、私が今まで積み重ねてきたものが崩れていく感覚がした。
レンガで高く高く積み上げて守っていたはずのお城が、どんどん崩れていく。
「あ……あっ…」
大分並んだ列をばっと抜けてもう一度トイレに駆け込む。
胃の中なら何かがこみ上げてくるのに、何も出ない感覚が気持ち悪くなり再び吐き気に襲われる。
無理だ、もう無理だ。
戻れるような強さは、私は持ち合わせていない。
ふらふらとした足取りでショッピングモールのエスカレーターに乗り、自動ドアをくぐり家へと向かう。
向かっていた、はずだったのだけれど。
親は高校に入ってから変わってしまった私のことをよくは思っていない。
家も、少し息苦しい。
気がついたら校門をくぐり、屋上に続く階段のところへ自然と足が向いてしまっていた。
階段を登ると見えた、そのすらりとした体を見た瞬間、初めて息の音が聞こえた。
止まっていた呼吸がまた息を吹き返した。
ふわりという音がなるようにあいつが振り返る。
「あれっ…!?空なんで…遊びに行ったんじゃないの?」
少し驚いたように目を見ひらく。
でも、包み込むように笑っていてくれるあいつ。
「天都…」
「何かあったの? 僕でいいなら相談乗るよ」
その言葉を聞くとせき止めていた思いが溢れ出してしまった。
誰がお前なんかに、という自分と天都に聞いてほしい、という自分がいる、
見栄っ張りで、素直になれなくて。
泣き虫で、メンタルが弱くて。
頼れなくて。
そんな自分を聞いてほしい。
「天都に、聞いてもらいたい」
「わかった」と言って階段の一番上まで手招きされる。
話してもいいよ、と言うかのように視線を向けてくる天都を見て、ぽつりぽつりと拙い言葉で話し始める。
「私って、うざいやつだよね…」
はっとしたような顔をして天都は「そんなことない…!」と言おうとしたが、口をつぐんだ。
全力で聞こうとしてくれているのだと感じられた。
「中学のときから憧れてたの、クラスの一軍の人たちに。中学の時から明るい方だったけど、一軍の子たちみたいに校則違反をするような勇気は私にはなくて」
静かにうなずきながら話を聞いてくれる天都。
痛みを共有しているかのように天都の顔も悲痛に歪んでいる。
そんな顔でも醜いくらいきれいなのが少し癪だ。
「だから、高校生だしちょっとくらいなら大丈夫って言い聞かせて、それで、やっと、やっと手に入ったと思ったのに…」
ぽつりとしずくが落ちるように言葉が滴る。
「すぐに、こぼれていった…」
「うん」
「皆他の子たちと新しい居場所や仲間を作りに行っているのに、私だけ、ずっとそこでもがいてばかりで」
行かないでって手を伸ばしてもするりとかわされて、放さないってぎゅって掴んだら、うざいって振り払われて。
「私は所詮ちっぽけな人間だから、くれくれすることしかできなくて。自分から行って、相手に振り払われるのが怖くて。必死に相手の様子を伺ってた」
私は怖かった。
いつこの居場所が無くなるのか怖かった。
だから必死に今の居場所を守ろうともがいてもがいてしていた。
相手に嫌われたくない。
不機嫌になってほしくない。
なのに。
「なのに、自分のふとした発言で相手が不快に思ってた。私は、どれだけ努力したって報われてない…」
私は皆の一種のターニングポイントにしか過ぎなくて。
"私"を起点にして、私の周りの子たちの方に行って、私をおいて行く。
「行かないでよ…」
そう呟くと、あまと天都がすっと手を重ねてくる。
ひんやりしていて、生気を感じられないくらいなのに、何故かとてもあたたかい。
澄んでいるようで澄んでいない天都の瞳には、私が映っている。
目は心の鏡だ。
天都の鏡は、くぐもっていてよく見えない。
キュッキュと拭いてしまいたくなるような霞んだ鏡。
でも、くすんでいない。
ぼんやりと形が映し出されている。
「空。たしかに空は、皆の中間地点でしかなかったのかもしれない。でも、スタート地点とゴールを繋ぐには、中間地点が必要でしょ?それだけ空が、みんなを繋げだったことだよ。スタート地点を持っている人と、ゴール地点を持っている人を、空が中間地点として繋げる。空がいたから、つながった縁もあるんだよ。だから、空はみんなの頼りの綱なんじゃないかな」
私は1種の、中間地点にしか過ぎない。
みんなすぐに去っていくような報われない地点。
ずっとそう思っていた。
「空は、クラスでの発言とか行動とかを見ていると、クラスメイトからは強いって思われているのかもしれない。でも、そんなことないでしょ。空は本当は」
天都が何を言いたいのわかる気がする。
何度も言われたあの言葉。
「誰よりも優しくて、誰よりも弱い」
「弱いけど、優しい…」と反復するようにもう一度言う。
「空は、自分の弱さを隠すために強いふりをして、傷ついちゃっているんだよ。自分がこんなにボロボロになっちゃうまで。でも、根っこは変わっていない。だから前みたいにまっすぐ自分からいけなくなって…本当は、誰よりも優しくて、弱くて、強いのに…」
だんだん弱くなっていく天都。
前みたいにという言葉が無性に引っかかって気になってしまう。
前ってなんなの。
皆知っているの?
私だけが知らないことなの?
「空、僕はどこにもいかないよ。空を見届けるまでは、どこにもいかない。だから、笑って?空辛かったら泣いて、そして精一杯笑って、もう大丈夫って」
普通に考えると漫画や小説の中で言われる胸キュンシーンの会話。
でも、天都は懇願するように頼むように言ってくる。
その瞳にキュッと胸が締め付けられる。
私は、天都に何をしてしまったのだろう。
雪の結晶のように脆い彼に。
「空、ごめんね…」
すがるように呟かれた天都の声は聞こえなかった。