◇
「天都」
名前を呼ぶとゆっくり振り向いてくる不透明な瞳。
でもなぜか、変に透き通っているよりも目にとまる。
「ん?」
天都が何をしたいのかなんてわからない。
会った日から数日は経つが、未だに謎に満ちていることだけは変わらない。
こいつは何がしたくて、なんで私に構うのだろう。
"だって君は、本当はとても優しいんでしょ"
"ありがとう、空"
昨日言っていたこの言葉の心理はどこにあるんだろう。
こいつは、わからないことが多すぎて、恐い。
でも、そんな天都の心の内を覗いてみたくなる。
好奇心というものにはなかなか打ち勝てない。
「なんであんたは、そんなに外ばっか見てるの?」
朝の誰もいない教室はよく声が響く。
天都は、少し考えるような素振りを見せてから薄い唇をかすかに開けた。
「あれ」
窓の外をすっと指差す。
薄曇りのどんよりとした天気。
「薄明光線っていうんだけど」
薄明光線。
スマホでぱぱっと調べる。
《薄明光線》
太陽が雲に隠れているとき、雲の切れ間あるいは端から光が漏れ、光線の柱が放射状に地上へ降り注いで見える現象の俗称。
その他多くの呼び方がある。
「天使の梯子って呼ばれることが多いんだ」
天使の梯子。
私からするとカーテンにしか見えない。
こちらと向こうを隔てる大きなカーテン。
私と天都にできているなんらかの隔たり。
私達は、お互いなにか握っている。
過去を思い出そうとするとズキズキと頭が痛む。
思い出してほしいのか、ほしくないのか、どっちなんだよ。
「ね、空もきれいだと思わない?」
「思わない。そんなどんよりとしたのよりも、カラッと晴れてるほうが何倍も気持ちいいし」
曇っている空は好きじゃない。
あいつみたいな曇った目も好きじゃない。
何を考えてるのかわからないから。
どれだけ進んでも霧がかって、その不透明から逃れられない。
不透明な癖に、何もかも見透かしたような顔をして。
私は、『玖森』なんて名字嫌いだ。
ましてや『空』なんていう名前もつけるなんて、嫌がらせを疑うほどだ。
「空は、いっつも」
「おっはっよ〜!」
ガラガラと勢いよく開いた扉の音に驚きがたんと椅子に足をぶつける。
「った…おはよ、波」
「空ちゃんめちゃくちゃぶつけてんじゃん、おもしろ〜大丈夫?」
へらへらとした笑顔で近づいてくる波。
危ないところだった。
たとえ可奈子じゃないとはいえ、天都と喋っているところなんか見られたら絶対笑われる。
爆笑しながら直人に言いに行く。
「ごめん波。私朝センセーに呼ばれてたんだった。また後でね」
「え〜空ちゃんまたなんかやったの?」
「またって…言い方悪くない?」
「だって〜空ちゃん、可奈ちゃんと一緒にいるだけで先生に目つけられちゃってるよ」
言いかけて口をつぐむ。
あんなことってなんだろう。
「可奈子といるのはあんたもでしょ。とにかく、私行くから。ごめん波」
「はいはい。気をつけてね、うちの担任、結構めんどくさいから」
ちらりと天都に視線を送ると、黙ってついてきてくれた。
私の視線に気づいたのか、はたまた私がどこかへ行くのを追いかけようとしているのか、どちらかはわからないが。
それにしても、気をつけてねって、そんな戦いにでも行くような挨拶。
時々波は私のことを心配しているかのような目を向けてくる。
その度「波、なにか言いたいことでもある?」と聞くが、毎回はぐらかされてしまう。
そして、その次には直人が天都の机を見ながら波と同じようなことを言ってくる。
「ねぇ天都」
あの階段まで行って口を開く。
後ろをゆっくりとついてきていた彼は私の声を聞くと歩みを早めて私のところまで追いつく。
「ん?」
不透明な瞳がこちらを見てくる。
でもなぜだろう、不透明なはずなのに、透明なんだ天都の瞳は。
「私、ここ直近3ヶ月ほどの記憶が殆ど無いの。思い出そうとしたら頭が殴られるような感覚になる」
「うん…」
「それで」
なぜか悲しそうな天都の顔。
少し悲痛に歪んでいるような気がする。
そして、私の続けた言葉で彼はより悲しそうな顔になってしまった。
「毎回、天都のことを思い出そうとしているときになるんだ」
「うん…」
「ねぇ、もう一回聞いていい?」
知りたい。ズキン。
気になる。ズキン。
教えてほしい。ズキン。
天都は。
「天都は、私のなんなの…」
「…クラス、メイト」
唸るように、そして自分に暗示をかけるように低く天都がつぶやく。
やっぱり君は教えてくれない。
私は何もわかっていないのに、天都は全てわかっているような、そんな顔をして。
「そっか。やっぱりそこは変わらないんだ…じゃあ、言い方を変える」
「えっ…?」
驚いたように目を見開く天都。
普段静かで感情がないのではないかと疑ってしまうほど思ったことを行動として表さないから、珍しくてつい見てしまう。
「私は、天都のなんなの」
キッと天都を見る。
今すぐにでも逃れてしまいそうな天都の目だけに集中する。
そんな私から逃げられないと感じ取ったのか、天都はゆっくりと答えてくれる。
「…空は…怖かった人」
え?
今度は私が目を見開く。
一瞬時が止まったような気がした。
もちろん、私と天都の関係は大分訳ありだ。
でも、そんな答えが帰ってくるとは考えてなかった。
なんなの。
わからない、天都が何を考えているのかも、何がしたいのかも、全部わからない。
「天都は、何がしたいの。天都は誰なの」
「大丈夫だよ、もうすぐ終わるから…」
そう言った天都の声は聞こえなかった。
「空」と私を呼ぶ天都。
「人は、言葉にしないと、気持ちは伝わらないんだ。ほんとに不便だよね」
私に伝えているような、伝えていないような、そんな雰囲気で天都は語りかける。
君の真意はどこにあるのかわからない。
でも、天都の存在が特別になっていっていることは確かだった。
「空は、本当は優しいんだよ」
何度目かもわからないほど言われたその言葉。
いつか、素直に受け取れる日が来るのだろうか。
そんなことまだわからないけど。
「天都」
名前を呼ぶとゆっくり振り向いてくる不透明な瞳。
でもなぜか、変に透き通っているよりも目にとまる。
「ん?」
天都が何をしたいのかなんてわからない。
会った日から数日は経つが、未だに謎に満ちていることだけは変わらない。
こいつは何がしたくて、なんで私に構うのだろう。
"だって君は、本当はとても優しいんでしょ"
"ありがとう、空"
昨日言っていたこの言葉の心理はどこにあるんだろう。
こいつは、わからないことが多すぎて、恐い。
でも、そんな天都の心の内を覗いてみたくなる。
好奇心というものにはなかなか打ち勝てない。
「なんであんたは、そんなに外ばっか見てるの?」
朝の誰もいない教室はよく声が響く。
天都は、少し考えるような素振りを見せてから薄い唇をかすかに開けた。
「あれ」
窓の外をすっと指差す。
薄曇りのどんよりとした天気。
「薄明光線っていうんだけど」
薄明光線。
スマホでぱぱっと調べる。
《薄明光線》
太陽が雲に隠れているとき、雲の切れ間あるいは端から光が漏れ、光線の柱が放射状に地上へ降り注いで見える現象の俗称。
その他多くの呼び方がある。
「天使の梯子って呼ばれることが多いんだ」
天使の梯子。
私からするとカーテンにしか見えない。
こちらと向こうを隔てる大きなカーテン。
私と天都にできているなんらかの隔たり。
私達は、お互いなにか握っている。
過去を思い出そうとするとズキズキと頭が痛む。
思い出してほしいのか、ほしくないのか、どっちなんだよ。
「ね、空もきれいだと思わない?」
「思わない。そんなどんよりとしたのよりも、カラッと晴れてるほうが何倍も気持ちいいし」
曇っている空は好きじゃない。
あいつみたいな曇った目も好きじゃない。
何を考えてるのかわからないから。
どれだけ進んでも霧がかって、その不透明から逃れられない。
不透明な癖に、何もかも見透かしたような顔をして。
私は、『玖森』なんて名字嫌いだ。
ましてや『空』なんていう名前もつけるなんて、嫌がらせを疑うほどだ。
「空は、いっつも」
「おっはっよ〜!」
ガラガラと勢いよく開いた扉の音に驚きがたんと椅子に足をぶつける。
「った…おはよ、波」
「空ちゃんめちゃくちゃぶつけてんじゃん、おもしろ〜大丈夫?」
へらへらとした笑顔で近づいてくる波。
危ないところだった。
たとえ可奈子じゃないとはいえ、天都と喋っているところなんか見られたら絶対笑われる。
爆笑しながら直人に言いに行く。
「ごめん波。私朝センセーに呼ばれてたんだった。また後でね」
「え〜空ちゃんまたなんかやったの?」
「またって…言い方悪くない?」
「だって〜空ちゃん、可奈ちゃんと一緒にいるだけで先生に目つけられちゃってるよ」
言いかけて口をつぐむ。
あんなことってなんだろう。
「可奈子といるのはあんたもでしょ。とにかく、私行くから。ごめん波」
「はいはい。気をつけてね、うちの担任、結構めんどくさいから」
ちらりと天都に視線を送ると、黙ってついてきてくれた。
私の視線に気づいたのか、はたまた私がどこかへ行くのを追いかけようとしているのか、どちらかはわからないが。
それにしても、気をつけてねって、そんな戦いにでも行くような挨拶。
時々波は私のことを心配しているかのような目を向けてくる。
その度「波、なにか言いたいことでもある?」と聞くが、毎回はぐらかされてしまう。
そして、その次には直人が天都の机を見ながら波と同じようなことを言ってくる。
「ねぇ天都」
あの階段まで行って口を開く。
後ろをゆっくりとついてきていた彼は私の声を聞くと歩みを早めて私のところまで追いつく。
「ん?」
不透明な瞳がこちらを見てくる。
でもなぜだろう、不透明なはずなのに、透明なんだ天都の瞳は。
「私、ここ直近3ヶ月ほどの記憶が殆ど無いの。思い出そうとしたら頭が殴られるような感覚になる」
「うん…」
「それで」
なぜか悲しそうな天都の顔。
少し悲痛に歪んでいるような気がする。
そして、私の続けた言葉で彼はより悲しそうな顔になってしまった。
「毎回、天都のことを思い出そうとしているときになるんだ」
「うん…」
「ねぇ、もう一回聞いていい?」
知りたい。ズキン。
気になる。ズキン。
教えてほしい。ズキン。
天都は。
「天都は、私のなんなの…」
「…クラス、メイト」
唸るように、そして自分に暗示をかけるように低く天都がつぶやく。
やっぱり君は教えてくれない。
私は何もわかっていないのに、天都は全てわかっているような、そんな顔をして。
「そっか。やっぱりそこは変わらないんだ…じゃあ、言い方を変える」
「えっ…?」
驚いたように目を見開く天都。
普段静かで感情がないのではないかと疑ってしまうほど思ったことを行動として表さないから、珍しくてつい見てしまう。
「私は、天都のなんなの」
キッと天都を見る。
今すぐにでも逃れてしまいそうな天都の目だけに集中する。
そんな私から逃げられないと感じ取ったのか、天都はゆっくりと答えてくれる。
「…空は…怖かった人」
え?
今度は私が目を見開く。
一瞬時が止まったような気がした。
もちろん、私と天都の関係は大分訳ありだ。
でも、そんな答えが帰ってくるとは考えてなかった。
なんなの。
わからない、天都が何を考えているのかも、何がしたいのかも、全部わからない。
「天都は、何がしたいの。天都は誰なの」
「大丈夫だよ、もうすぐ終わるから…」
そう言った天都の声は聞こえなかった。
「空」と私を呼ぶ天都。
「人は、言葉にしないと、気持ちは伝わらないんだ。ほんとに不便だよね」
私に伝えているような、伝えていないような、そんな雰囲気で天都は語りかける。
君の真意はどこにあるのかわからない。
でも、天都の存在が特別になっていっていることは確かだった。
「空は、本当は優しいんだよ」
何度目かもわからないほど言われたその言葉。
いつか、素直に受け取れる日が来るのだろうか。
そんなことまだわからないけど。