君は、不透明で透明。
◇
いつも同じ時間に起きて、同じ時間に家を出て、同じ道を同じメンバーで通る。
所詮日常というのはこんなものだ。
同じことの繰り返しで終わりがない。
底なし沼の中で見つけた沈まない方法を永遠と繰り返しているような日々。
毎日学校に通うのでさえ面倒くさいのに電車にのらないといけないなんて、最悪すぎる。
朝焼けが顔を出したくらいの時間。
眠たい顔をこすりながら古びた家からの最寄り駅に入る。
人気の少ないこの町は、昼でも妙に肌寒く感じる。
ポケットに突っ込んだスマホが軽く振動する。
『一つ遅いやつで行く〜。先言ってて〜』
シュッと可愛らしいスタンプが送られてくる。
最近流行りのアイドルのスタンプ。
正直、曲調も古臭い気がして好みじゃないし、女の子たちもさほど可愛いわけではない。
だから私にはいまいちなんで流行っているのかがピンときていない。
メッセージを読み、スマホを再びポケットに乱雑に入れる。
家を出た頃と比べると太陽が顔を出してきて、薄暗い駅舎が淡い光で照らされる。
まぁそんなことどうだっていい。
教科書の一つも入っていないような薄っぺらい鞄を背負い直す。
高めの位置でくくった薄茶色の髪の毛が少しだけ揺れた。
自分で染めたからか、生え際の方は黒っぽい焦げ茶色が時たま見えてしまう。
「また染め直さないと」
定期を見せ、駅員さんの挨拶をスルーして陸橋の方へ行く。
今日は雨が降るかもしれない。
空にはどんよりとした雲が広がっているし、空気も心なしかじめっとしている気がする。
駅にかかった陸橋をゆっくり登る。
鉄製で、とてもみすぼらしい見た目をしている。
そんな寂れた町で私は育った。
大きなデパートはなく、せいぜい隣町に2つくらいだ。
この町のいい点を一つ述べて、と言われたら「景色がよく見える」とかしかない。
高いビル群が立ち並ぶ都会とは違い、一番高い建物が高層とは言い難い普通のマンションになる。
そのため、上を見上げても視界に入るのは電線くらいだ。
深夜には町の電気は消え、光っているのは唯一24時間体制のコンビニだけと言ってもいいだろう。
都会などとは縁もゆかりもない。
陸橋の上は周りの建物と比べ高めの位置にある。
ちらりと東側を見る。
少しだけ目を奪われ、さきほど突っ込んだスマホを取り出しカメラアプリを開く。
シャッターに収め、写真を見る。
リアルで見る空。写真で見る空。
写真で見ると全体手に彩度も明度も下がっている気がする。
薄い群青色の空で雲に隠されながらも懸命に輝く朝日。
その朝日に照らされ、雲の上の方は言葉に言い表せないような色になっている。
透明感のあるクリーム色のような、パンケーキに薄黄色と白色の絵の具を混ぜたような、そんな色。
目が奪われたのは気の所為みたい。
「やっぱ、曇りって気分乗らない」
2番乗り場まで移動し、市内方面行の汽車に乗り込む。
汽車の中は居心地が良い。
夏の暑い日は冷房をガンガンに回しているし、冬の寒い日は暖房が効いている。
ぷしゅーと音を立てながら汽車の扉が閉まる。
ゆっくりと汽車が動き出し、ガタガタと三両の車両が揺れる。
ペラペラの鞄から大きめのポーチを出す。
無駄に朝が早いからメイクする時間ないんだよな。
軽く下地を塗ってビューラーでまつ毛を上げる。
教師にバレない程度にアイシャドウを塗り、鼻の上の方を白くして高く見せる。
まぁバレたってうるさいだけで特に何もしてこないからいいんだけどね。
メイクが崩れないように毎日駅から歩いていっているけれど、正直自転車のほうがだいぶ楽だ。
でも、自転車に乗って髪が邪魔してぐちゃぐちゃになった顔、学校でさらけ出すなんて、もっと無理。
笑いものにされるに違いない。
今の立場が崩れると、私の高校生活が終わる。
この位置をキープすることが、私の学校生活の最優先事項なんだ。
鞄を履き替え、2階にある教室に入る。
隣だれだっけ、まぁいいか。
「ちょっと借りますよっと」
ひょいと机の上に座る。
これは私の友人である可奈子がよくやっていることだ。
とても明るい彼女は、クラスで一目置かれている。
可奈子がどれほどパシリにつかっても、普通に友達に怒ればいいものを、「可奈子に逆らったら何されるかわからないから誰も反撃しないように
」と言われている。
そんな可奈子と一緒にいるからか、何故か私も気をもまれる。
それと同時に、悪口も多い。
まぁ別にいい。
私は高校生デビューに成功したのだ。
もともと明るい方だったけれど、中学の頃は私よりももっと明るく、過度な校則違反ばっかりする子らしかいなかったから、私はいわゆる二軍。
中学の頃から憧れていたのだ。
あんなにキラキラしている一軍女子とやらに。
音なく小さな声が聞こえてきた。
「あの、そこ僕の席なんですよ、玖森さん」
声の方向を見てみる。
ぼんやりとした顔だな。
いかにも下位といった感じの雰囲気。
「え、あんた誰?」
「天都、天都千歳。その、君が今座ってる席の」
薄い印象の目がこちらを見てくる。
全てを見透かされているように。
そんなこちらの気も知らず、天都は目を輝かせながら窓に駆け寄る。
「わぁ…すごい…ほら見て。天使の階段だ」
そして、無駄にきれいな笑顔でこちらを向いてくる。
君は一体、誰なんだ。