起きたくない。

 屍のように感情をなくし、ただ授業を受けて帰宅する。昨日はそれで乗り切れたのだから、今日も明日もそうやって過ごそう。
 休み時間は話題書を読んで、いつかほとぼりが冷めて「その本いいよね」と綾子か作歌が話しかけてくれるまで。

 ──寝る前はそう思えたのに、今日はどうもそうは思えない。

 ずっと眠っていたかった。完全に現実逃避ができる時間を、いつまでも続けたかった。

 これから朝ごはんを食べ、制服を着て、重い鞄を持ち学校へ向かう。唯一の好きなことを共有する友人も失い、話すだけの友人も失い、その他の人はわたしに冷たく接する。

 どうしてそんなところに行かなきゃいけないんだろう。

 掛け布団がやけに重く感じる。いつもよりマットレスも深く沈んでいるのではないか。
 まるで、重力がここだけ強くなったみたいだ。

 起きるな、このまま消えてしまえ。何者かにそうささやかれているかのような錯覚さえ抱く。ほろり、と涙が一筋こめかみへ流れる。

「つづりー、そろそろ朝ごはん食べないとまずいんじゃないー?」

 リビングのほうからお母さんの大声が聞こえる。
 おかしいな、いつもかなり余裕を持って起きるのに。

 嫌な予感がしてスマホを見ると、時刻は七時四十分を指していた。電車に乗る時刻は八時十分。着替える時間や食べる時間、駅までの移動時間を考えるとピンチである。行きたくないなんて思っている場合ではない。

 普段はわたしを急かさないお母さんが焦ったように呼ぶのも納得だ。早くしよう。

「……重い」
 起きたところで、辛いことばかりが待っている。
 そう思っているからだろうか、一向に身体を起こせる気がしない。掛け布団は重さを増して、今や鉛のようにわたしをベッドに押さえつけていた。

「つづりー?」

 一向にリビングへ来ないわたしを不思議に思ったのか、お母さんが何度もわたしを呼ぶ。行かなきゃいけないのはわかっているのに、身体は動いてくれないままだった。

 たかが無視。
 たかが友達がいないだけ。
 たかが学校。

 そう受け止めているはずなのに、涙が溢れ出して止まらない。

「つづり?」
 自室のドアが開いて、お母さんが顔を出す。たちまち顔色を青白くさせるお母さんを、わたしは他人事のように眺めていた。

「どうしたの、そんなに泣いて! 顔色もひどい……」
「大丈夫、だから。早く起きて、行かなきゃ」
「だけど明らかに体調が悪そうだし……」

 お母さんの心配そうな声に、心がちくりと痛む。おそらく本当に病人の顔をしているのだろうが、これは精神的な問題だ。こんなサボりが許されるはずがない。

 起きよう。行ったら案外何もなくて、綾子ちゃんも作歌ちゃんも元通りに接してくれるかもしれない。
 ベッドから離れようと手を動かしてみるも、身体は動かなかった。手も重く、うまく力が働かないままに尽きる。

「……やっぱり、今日は休んだほうがいいと思う。授業とかは先生にも相談しておくから、気にしないで」

 お母さんはわたしを安心させるように、にっこりと笑う。
 違う、わたしは勉強のことを気にするような真面目な人じゃないのに。

「つづりの好きな古典、一冊だけなんでも買ってあげるからね。それと、朝ごはんはおかゆにする?」

 優しい声がじわじわとわたしの首を締める。

「ありがとう。おかゆがいい」
 ふっと表情を綻ばせた。声はすんなりと放たれる。

 学校へ行かなくていいことが確定すると、途端に身体が動かせるようになる自分が情けなかった。