翌日学校に行くと、わたしについての根も葉もない噂が流れていた。

 葉山くんをたぶらかした。
 難しく、暗い本を読んでいる。
 陰で自分たちのことをバカにしている。

 そんなよくある、けれど当事者にとっては重要な問題。
 きっと他の人だって、わたしがそんなことをしていないのはわかっているはずだ。だって噂を流しているのはいつもあることないことを言って人を陥れようとしている宇野山さんなのだから。

「綾子ちゃん、おはよう」
「あ、うん、おはよう……」

 綾子ちゃんに挨拶すると、いつも明るく返事を返してくれるはずの彼女が眉をひそめる。申し訳程度の小声に、わたしは心の中でため息をついた。

 これからどうしよう。

 わたしは孤立する。いつ終わるかわからない地獄に放り込まれるのだ。
 登校して間もないけれど、それを悟る。行き場のない不安が心に澱を作り出した。視界がどんどん暗いものになってゆく。

「……」

 登校してわたしの姿を認めても、ふいと目を逸らして綾子と喋り出す作歌。わたしはその様子を、どこかガラス一枚を隔てているように見ていた。

 わたしがいてもいなくても、教室は滞りなく回る。
 その事実が、わたしの心を抉った。

   ◆

「水月、そんな顔してどうしたんだ?」
「……葉山くん」

 やっとわたしに声を掛ける人が現れたと思ったら、葉山くんだった。もともとスクールカーストの外側にいる人しか、もうわたしと話せる人はいない。

「ちょっとした無視されてて」
「辛いのか?」
「そりゃあ。何事もなく普通に学校生活を送って、あわよくば女子高生らしい思い出のひとつやふたつ作りたいと思ってるよ」

 これ以上のことはされないと踏んで、軽い悩み相談を持ちかける。同情されると予想していたが、葉山くんは不思議そうに首を傾げた。

「ちょっとした無視をされるのって、辛いことなのか?」
「え?」

 さすがに根本的すぎる指摘に、わたしは目を丸くして頓狂な声を上げる。
 明らかに動揺しているわたしを置いて、葉山くんは淡々と言い放った。

「水月が何をしてそうなったのかはわからないけど、顔をしかめるような悪行はしてないだろ? そんなちょっとしたことで無視するような人と、最初から喋りたいと思えない。自分も相手と喋りたいと思ってない、相手も自分と喋りたいと思ってない。それでいいんじゃないか?」
「は?」

 それとこれとは話が別だ。喋りたいと思ってない人とも喋る。それが人間関係なのではないか。

 第一葉山くんが外の世界の住人すぎるのだ。クラスメイトであってそうではないような、どこか別世界に住んでいるかのような彼に、わたしの気持ちなんかわかるまい。しかも原因が自分だということにも気付いてなさそうだ。

 日本の古典が好きという共通点だけしか持たないのに、どうして葉山くんに悩み相談なんてしてしまったんだろう。

「そんなこと言わなくてもいいじゃん……」

 わたしの『辛い』という気持ちすら否定されたら、どうすればいいのだろうか。わたしはどこにこの気持ちを綴ればよいのか。じっと耐えるしかないのか。
 どす黒い感情が身体を焼き尽くす。じわり、と視界が歪んだ。泣きたくないときに限って涙が出てくる。

「ごめん。俺、ちゃんと水月のこと、考えてなかった」

 少しだけ低い声に、顔を上げる。見ると彼は悲痛な表情を浮かべていた。
 傷つけようと思ったわけじゃない。ただちょっと不器用だっただけで──。

 安易に拒絶してしまったことへの罪悪感と、理解してくれなかった怒り、この理不尽な状況に対する絶望。感情はますます黒に近づいてゆく。

「……ごめんね」

 言える言葉は、それだけだった。情けなさで、スカートをぎゅっと握る。
 千年前の誰かに、こんな状況で言える他のセリフを教えてほしかった。