図書館の予備室で、私と矢車さんは向かい合って資料と睨めっこしていた。青野先生があれこれと参考になる本を見つけてくれて、それをコピーして広げ、私がプリントしておいた資料も広げて、それをめくっている。

「幽霊の男の子に頼まれて、映画を撮る話なんだ……でもこれ、カメラで撮るのって難しくない? だって幽霊なんでしょう?」
「幽霊がずっと恋人の近くで見守っている映画はあったでしょう? あとホラーでも幽霊に足を捕まれたりするものもあるし、地縛霊に付きまとわれるコメディーもあるから、そこはあんまり問題ないと思う」
「うん、そうなんだけど……」

 私の要望をメモに取りながら、矢車さんは眉をひそませて資料を眺めていた。
 女優になるように育てられた女の子が事務所をクビになり、自棄を起こしたせいで定期制高校に編入。ひとりになれる場所を探していて脚本を見つける。そこでかつて映画部に所属していて脚本を書いていた男の子から映画を撮ってくれるように頼まれる……。
 私が印刷してきたのも、女優のオーディション現場や編入手続きについての質疑応答、あとロケに安く使えそうな場所の参考資料だった。ちなみに青野先生が探してくれた資料は、映画内で撮る著作権の切れている純文学だ。
 矢車さんはそれに頭を悩ませながら、少しずつ土台になる設定を詰めていた。

「幽霊は映画を撮り終わったら最後、成仏するって方向でいいの? 恋愛ものだったら、永遠の愛を誓っていなくなったりするし、コメディーによっては背後霊になってそのまんまっていうのもあるけど」
「成仏するほうが綺麗かな」
「なるほど……青春映画って感じになるのかな」

 矢車さんはメモを書き留めてから、ふとこちらを見る。

「なに?」
「うん……駒草さんはすごくミステリアスな人だから、この話の一割でも本当のことが混ざってたら面白いなと思っただけで」
「……そんなこと言ってたら、ミステリー小説家は皆殺人を犯してなかったらいけないし、恋愛小説家は皆不倫経験がないと駄目だし、ホラー小説家は皆霊感持ちで幽霊が見えてないといけないんだけど」
「あはは……それはないね、たしかに」

 そう言って誤魔化しきれたことにほっとしていたら、矢車さんはメモに書き留めてから「あと」と言う。

「この映画、タイトルはどうするの?」
「そうだね……『フレームの向こう側』がいいかな」
「フレーム? カメラで撮るんだったらファインダーじゃないの?」
「映画は今でこそ全部デジタルで撮られていたけど、昔はフィルムに一秒ごとに24コマで撮影されてたの。で、そのコマのことを英語でフレームと呼ぶ」
「ああ! テレビで映画を見てるとき、番宣のときに出てくるフィルムのアニメが出てくるけど」
「うん。あれがフレーム。フレームの向こう側を知りたいって渇望している女の子と、そのフレームの向こうへと連れて行ってくれる男の子の話が撮りたいんだ」

 私はそう言うと、矢車さんは目を細めて、それらを書き込んでいった。

「うん。『フレームの向こう側』。いいタイトルだと思う。ねえ、この私たちのやり取りも脚本の中に組み込んでもいいかな?」
「別にいいけど。でも監督は私だから、もしかしたらカットするかもしれないけど」
「できる限りカットされないように、話の主軸に組み込んでみるから……駒草さんは、やっぱりミステリアスな人だね」

 そう言ってうっとりとした顔で笑う矢車さんに、私もつられて笑った。
 自分はたいした人間じゃない。ただ、人とはちょっと違った人生を歩いていただけだ。

 私には、こんな人生は無縁だってそう思っていた。でも、こんな生き方もあるんだって、この夏に初めて知った。
 青田。あんたに会わなかったら、今の私はいなかった。唇に触れても、なんの感触もないけれど。あんたに会えたこのことだけは、決して忘れてやらない。

<了>