「えぇと、確かこのへんに」

家に戻った僕は、少し前の記憶を頼りに物置に入る。

本来ここは仲間たちと冒険に使用する装備品のスペアや、冒険で手に入れたお宝や金貨を保管しておく金庫などをしまっている武器庫兼宝物庫なのだが、弓兵のボレアスや僧兵のミノスが酔っ払った勢いで買ってきた変なものがスペースのほとんどを占めてしまっているため、セレナとメルトラが皮肉を込めて物置と呼んでいたため、僕もそう呼んでいる。

みんなが出て行ってから物置小屋に入るのは初めてだったが、ものが持ち出された様子もなく、金庫を開けてみると冒険で集めた宝石や金貨は手をつけられることなくそのままであった。

「……みんな、ほとんど何も持ち出さなかったんだ」

ボレアス達が買ったガラクタならばまだ残っているだろうと思っていたけれど、金貨も武器も置きっぱなしにしていくのは予想外だった。

僕は追放をされた身だし、何よりここにあるもののほとんどは、セレナ達が命の危機を乗り越えて自分たちの力で勝ち得たものばかり。

ただの荷物持ちとしてついていっただけの僕に残しておく必要はないし、当然持ち出されてしまっていると思っていたのだが。

「オリハルコン級冒険者って……そんなに儲かるのかな?」

ふと疑問に思ったが、思えば王様からの支援を受けられると言っていたし。
きっと十年間必死の思いでかき集めた財宝や武器が端金に思えてしまうほど莫大な報酬や支援が受けられるようになるから全てを置いて行ったのだろう。

少しだけ寂しいような気もしたが……それでもそのおかげでしばらくは働かなくても飢え死にすることはなさそうだ。

これで、ひとまずはお金を気にせず絵に没頭できる。

そう思案して僕は宝物庫から金貨を数枚取り出すと、今度はガラクタの中を改めて漁る。

「お……やっぱりあった」

目当てのものはすぐにみつかった。

油絵用に使用される絵の具と、画材道具一式。
四年ほど前に酔っ払ったミノスが酒のつまみと勘違いして買ってきたものであり、絵の具のチューブのいくつかには小さく歯形が付いている。

本人曰く絵の具が小魚に見えたとのことらしいが、あの時ばかりは絵の具を食べようとするミノスに怒ったセレナが、全員に一ヶ月の禁酒命令を出したのだった。

「……ふふっ。一番ショックを受けてたのはミノスじゃなくてメルトラだったけれど。面白かったな、あの時は」

クスクスと思い出し笑いをして僕は画材道具道具袋に詰め込み、今度は壁に立てかけてある木材と、ガラクタ入れに布のシーツを取り出し、組み合わせて簡単な画架(イーゼル)とキャンバスを作る。

「これでよし」

手先が器用な方でもないためお世辞にもしっかりとした出来とはいえないが、どうせ自分一人のためのものだし気にすることはない。

「さて、と。後は描く場所だけど」

家の中で描いてもいいが、思い出が多すぎる家の中では上手く絵に集中ができなくなってしまうかもしれない。

「となると外か……」

少し目を閉じて、自分が昼寝をした場所で居心地が良さそうな場所を考える。

「……そう言えば、街の東に小さな湖があったな」

あそこなら誰もこないし、絵を描く用の水をくむ手間も省けるからそこがいいだろう。
確か湖には鯉とかワカサギがいたはずだから、お腹がすいたら魚を釣って食べればいいから街に戻る必要もない。

「よーし、描くぞぉ〜」

自分でも驚くほどの良案に僕は口元を綻ばせ、キャンバスとバッグ。そして同じくガラクタ入れに何本も立てかけてある釣竿を手に取って湖へとむかい、到着するとすぐに見様見真似でパレットに絵の具を落とし、その日は思うままに絵を描いた。

久しぶりの絵で不安はあったが、その不安を打ち消すように筆はどんどん進んでいった。

────キャンバスに僕が描くものだが。

一晩悩んだ結果、今まで冒険をしてきた迷宮の風景に決めた。

薄暗くて薄気味悪いそんな場所の光景で、昔だったら間違いなくお父さんに怒られていただろう。

でも。

誰も欲しがらず、誰も褒めてくれないだろうけれども関係ない。
誰がなんと言おうとここだけが、僕が一番楽しい時間を過ごせた場所だから。

「…………うん」

仲間(辛い思い出)の姿は描かず、迷宮の絵だけを描き続ける。

サイモンの言った通り、描いている間は辛いことを忘れられた。

それから僕は雨の日も風の日も……ただひたすらに迷宮の絵を描き続けるのだった。