「や、やぁ久しぶり、セレナ」

セレナにだけ顔が見えるようにフードを少しだけあげて、僕は一瞬だけ魔法を解く。

「ーーーーーッ‼︎‼︎?」

セレナは一瞬死人でも見たかのように目を見開いて驚いていたが。

すぐに状況を理解したように頷いて。

「──────……ボレアスね」

そう落ち着き払って短くつぶやいた。

「うん……お察しの通り」

「はぁ……どうりで最近いつにもましてにやけ顔が増えたと思ったけれど、良い度胸してるわ」

「……セレナ、女の子がしちゃいけない顔してるよ」

「‼︎ こほん……まぁ良いわ。隣どうぞ王子様(・・・)」

「う、うん」

セレナに促されて僕はセレナの隣に座ると。
懐かしい甘い香りが鼻をくすぐった。

また彼女のそばにいる……嬉しくて声の一つでもあげたい気分だったが。
それは太ももをつねることで何とか耐えた。

「あ、えっと……セレナ」

「……何かしら?」

「あ、ううん。なんでもない」

「……そう」

話したい事は色々合ったが、言葉が見つからなかった。
ボレアスと話した時はすぐに言葉が出てきたのに……もしもう一度会えたら話したいことがいっぱい合ったのに……少しも言葉が出てこなかった。

このまま、オークションが終わるまで何も会話がないまま終わったらどうしよう。
そんな不安が芽生え始めた頃。

「聞いたわよフリーク……画家としても実業家としても大成功だって」

セレナの方から、そう僕に声をかけてきてくれた。

「あ、うん。とは言っても、ほとんどルードのおかげだけどね。僕の仕事は絵を描いてギルドの受付をして、版画を掘ることぐらいだから……でも凄い毎日楽しいよ」

「そう……楽しいのは良いことだわ。楽しくない人生なんて、くるみを割ることができないくるみ割り人形なみに無意味で無価値だもの」

「??? 相変わらず君の例えはよくわからないね……まぁいいや。そう言うセレナは? オリハルコン級冒険者になってからどうだったの? 楽しかった?」

「そうね、よくわからないと言われて臍を曲げた私があえて今の自分を評価するなら、貴方と違って私は今クルミを割れない人形よ。定期的にガルガンチュアの迷宮にある魔王の魂を回収しつつ。残りの時間はずっと王様と王子様の警護。王様直属の護衛となるとプライベートの時間もほとんどなくて退屈も良いところね、まるで気分は老人介護かベビーシッターの気分だわ……本当、オリハルコン級冒険者になんかなるんじゃ無かったってつくづく後悔してる」

「そうなんだ……」

「えぇ……オリハルコン級冒険者として、もっともっと色んな場所を冒険するつもりが。
すっかり首輪をつけられた犬畜生に成り下がったわ。いえ、外に毎日散歩に連れて行って貰えるだけ犬の方がマシかしら」

うんざり、といった表情で愚痴が漏れるセレナ。

「なんだか、すごい大変そうだね。僕が想像してたよりも、ずっと……その」

「鬱憤が溜まる?」

「そうそれ。なんかイライラしてるみたいに見えるよ」

「そうね。冒険もできないし……仲間もみんなバラバラ。これのどこが冒険者なのかしら?無様でしょ?自分のために貴方を追放したくせに。冒険も出来ず、絶賛私は落ちぶれ中よ。だから、好きなだけ罵ってくれて構わないわよフリーク。なんなら無意味で無価値なゴミカスって呼んでくれても構わないし、いやむしろ呼んでくださいお願いします」

セレナは最後少し食い気味にそう言った。
何だか少し罵倒されるのを期待しているように見えるのは気のせいだろうか。

「えっと……罵るなんてそんなことしないよ」

「そう、なの?……てっきり罵詈雑言を並べられるか、落ちぶれた私をざまぁって笑うために来たのかと思っていたのに」

「なんで?」

「だってそういう流れでしょ?この世界にもし読者って奴がいたとしたら今は追放した小悪党が首輪に繋がれた哀れな飼い犬に落ちぶれてる姿を見せて溜飲を下げさせる場面でしょ? そう思ったからグダグダ喋って時間を稼いで、ちょうど準備を終えたというのに」

「準備?……なんの?」

「心の」

今までの話を要約すると……追放したことを責められると思って身構えていた……とのことだ。

長い付き合いのせいか、彼女のこの面倒くさい話し方を要約するのはすっかり得意だ。

「あー……準備してくれてたところ悪いけれど。僕は別にセレナたちに文句をいうつもりは無いよ。ボレアスにも言ったけれど、別に僕は君たちのことを恨んでるわけじゃないからね」

「じゃあ、なんでこんなところに? ボレアスが説明しなかった?ここは、能天気な王子様を殺して自分の子供を王子にしようと目論んでる奴がいる危険な場所だって」

「説明は受けたよ」

「意味不明だわ。ざまぁでも文句でもなくなんで出品者である貴方が危険を犯すの?」

「えと、君に会いたかったから……じゃだめかな? セレナ?」

「………………………………ふぇ?」

可愛らしい声をあげて、セレナは顔が真っ赤になった。

表情は相変わらず無表情なところを見ると、やっぱりそんな理由で危険な場所に来たことを怒っているようだ。

「……えっと、ごめん。やっぱりこんな理由で来られるのは嫌だったかな?」

「い、いいえ、そんなことないわ……ただ、その、意外だっただけよ。てっきり、もう嫌われたものだと思っていたから」

言葉を選ぶようにセレナはそういう。

「……確かに、最初はすごい落ち込んだよ。 本当に一瞬だけど、死んじゃおうかなって思うぐらいね」

「じゃあなんで?」

「思ったんだよ。もしあのままセレナと一緒に王城で働いていたら、きっと何も変わらないままだった。村にいた時は村の人たちにバカにされたように、冒険者の時はギルドのみんなにバカにされたように……王城でもきっと、ここの会場にいる人達にバカにされてた。君が新しい人生を探せって言ったのは、それが分かってたからなんでしょ?」

「……」

僕の言葉にセレナは何も言わなかった。
だからきっと、正解なんだと思った。

「だから、君が正しかったんだよ。追放された僕には親友ができて、その親友が自分でも気づかないような凄いところも見つけてくれて。そしたらほら、僕をバカにするはずだったみんなが今日、僕の描いた絵のためにここに集まってる。それは全部、君が僕を追放してくれたからなんだよ……だから恨んでもないし、感謝しているぐらいなんだ」

もう強がりでも何でもなく、僕は微笑んで、心の底からセレナに感謝を告げる。

だけど。

「ダメ……感謝なんてしちゃだめよフリーク……」

セレナは今にも泣き出してしまいそうな表情で、力なくそう言った。

「どういうこと?」

「全部貴方の勘違いよ……私が貴方を追い出したのはもっと私的な理由だし、貴方の人生が好転するなんて考えてもいなかった。だから感謝なんてしちゃダメ……私が貴方にしてあげられた事なんて何一つなくて、貴方が手に入れたもの全て、自分で掴んだものなんだから」

「セレナ……でも君はきっかけをくれたよ?」

「私が作ったわけじゃない……ただたまたま追放(それ)がきっかけになっただけ。貴方の成功と私は無関係……だから感謝なんて受け取れない。私が貴方から受け取っていいのは、貴方からの恨みの言葉だけなのよ」

「分からないな。恨んでないって言ってるのに……そんなに僕に恨まれたいの?なんで?」

「だって……貴方に嫌われでもしないと───」

と。

セレナの言葉を遮るように乾いた太鼓の音が響き、会場の照明が落ちる。

それに続けて割れんばかりの拍手が起こり、そこで初めてオークションが始まったのだと気づいた。

「始まっちゃったね、セレナ」

「そうね……うっ……げほっ、げほっ」

ふと、セレナは急にうずくまるように咳をし始める。

「セレナ? 大丈夫?」

「けほっ……ちょっとした風邪よ、心配しないで」

「本当?」

「大丈夫よ。ほら、もう治ったから」

「そう……ならいいんだけど」

「心配性なのは相変わらずね……そうだフリーク、オークションが終わったあと、少し時間をもらえないかしら?」

「時間?僕はいいけれど、仕事はいいの?」

「ボレアスに後は任せることにするから良いわ。たまには私も羽を伸ばしたいし大事な話も─────────ッ!?フリーク後ろッ‼︎」

暗闇の中、セレナの叫びに思わず後ろを振り返る。

と。

「っ!? 死ねッ‼︎」

薄暗い会場の中、僕が見えたのは背後の席から倒れ込むように飛びかかる男と、その手に握られた銀色の刃物。

「あ……」

そう言えばつい前にもこんなことがあったな。

突然の出来事に、僕はそんな間の抜けた感想だけを浮かべると。

異常に気付いた観客たちの悲鳴に沈むように、僕は押し倒されるような形で、通路へと投げ出されるのであった。