宣言通り、春花の退勤時に迎えに来た静は春花の姿を捉えると柔らかく微笑んだ。春花はどんな顔をしていいかわからず、ぎこちなく笑う。
「あ、そうだ。海外公演大成功おめでとう!」
「ありがとう」
「すごいね。ニュースで見たよ。やっぱり静はすごいなって思った。これからどんどん活躍していくんだろうね」
静が活躍する姿を想像すると胸が震える。本当に凄い人が近くにいるものだと他人のことのように思った。
突然、ぐっと腕が引っ張られ、春花はよろける。そのままガシッと抱きしめられたことに心臓がバクンと跳ねた。
「そういうこと言うなよ」
「静?」
「俺はどんな栄誉よりも春花と奏でるピアノが一番好きだ。どんなに練習してもどんなに素晴らしい人と共演しても、春花と弾くピアノが一番楽しくてわくわくして、心が踊る」
静の胸の中で聴く静の言葉は嬉しくてそして悲しい。何も言えないでいると、額にしずくが落ちてきて春花は驚いて顔を上げた。
「……静?」
「好きなんだ、春花。ずっと一緒にいたい」
「嬉しいけど、静はこれからもっと活躍していくでしょう。だから……」
「そうやって身を引こうとするな。メイサからすべて聞いたよ。春花が犠牲になることは何もないんだ。春花の犠牲の上でいくら立派な賞を取ったって何も嬉しくない。春花が隣にいてくれないとダメなんだ」
ぽとりと落ちた静の涙はやがて春花の視界すらもぼやけさせていく。
「バカだよ、静は」
「うん。でも春花ほどじゃない」
「なによそれ……」
春花は静の背中に手を回す。胸に顔を埋めると、懐かしい香りに包まれ春花はほうっと息を吐いた。