抱いていた恋心が数年越しの再会と共に実り、静と恋人になれたことが嬉しかった。短い間だったけど一緒に暮らせたことも幸せでたまらなかった。ずっと一緒にいられたら……なんて考えるだけで未来が明るいようで心が軽くなった。
だけど、静の夢を一番に応援しているのも事実。静の背中を押し海外に送り出したのは、彼に広い世界で輝いてほしかったから。
春花の予想通り、静は着実に実績を上げて活躍の場を広げていっている。本当に凄くて誇らしくて、涙が出そうなほど感動する。
でもその一方で、自分の情けなさに胸が潰れそうになる。
一生懸命やってきたピアノの先生も、左手首の捻挫から思うようなレッスンができなくなった。完治しているのに、いつまでもあの事件が頭の片隅で燻るのだ。そしてそのことで静に迷惑がかかっている。
この状況に、春花の心は耐えられそうになかった。
自分の存在がリセットできたらどんなにいいだろう。何もかも忘れて新しい世界に生きられたらどんなにいいだろう。
そうやって考えるようになって、自分は心が病んでいるのだと気づき始めた。
「それでこの先どうするの?」
「ちょっとゆっくり休んで考えていこうかなって思っています」
「大丈夫なの?」
「大丈夫です、ちゃんと自分の将来も考えています。それでひとつお願いがあって……」
葉月は春花の意思を汲み取って、今回は退職届をそのまま受け取った。ただ、上司として春花の心の闇に気づいてあげられなかったことが悔やまれ、申し訳ない気持ちになった。