「私の夢はピアノの魅力を伝えること。でももうひとつ、静が世界に羽ばたいている姿を見たいんです。わがままなことを言っているとは承知しているんですが……」

時折言葉を選ぶように話す春花を見て、葉月は困ったように眉を下げた。

「そうね、新規の生徒さんを頑なに入れないから、まあそんなことだろうとは思っていたわ。時間をかけて身辺整理をしていたんでしょう?」

「いえ、まあ、残っている生徒さんには申し訳ないのですが」

「それは仕方がないわ。こんなことを言ってはなんだけど、あなたの幸せが一番大事よ。私はこの先も辞めるつもりないし、新人も育ってきてる。レッスンのことは気にしなくていいわよ。それで、桐谷さんについていくの?」

「いえ、私は遠くから見守るだけで十分かなって。寂しいですけど」

てっきり静と結婚もしくは将来を見据えて春花も海外に行くのかと思っていた葉月だったので、春花の言葉にポカンとしてしまう。

眉を下げながら困ったように微笑む春花の肩をガシッと掴んで揺さぶるように食いついた。

「ちょっと待って!どういうこと?別れたの?」

「いいえ、まだ。でも静には私はいないほうがいいって思っています。彼の重荷になりたくないので」

「それはあなた、思い詰めすぎよ」

「そんなことないです。ずっと考えていたので……」