「私は十分幸せだよ。それより私のせいで静がピアノを弾けない方が嫌よ」
「ピアノなら国内でも弾けるよ。それに俺が海外公演に行ったら春花を守ることができなくなる」
「大丈夫だよ。高志は逮捕されたし、私だってそんなに弱くないのよ」
「……俺に海外に行けって言ってるの?」
まるで運命のように再会してこうして恋人にもなれた。静にはたくさん助けてもらった。今度は春花が静を応援したい。好きなピアノを好きなだけ弾いていてほしい。
「私は夢を追いかけている静が好きだよ。私のせいで静が小さな世界にいるのは嫌なの。だから遠慮なく行ってきて。これはチャンスなんでしょう?」
春花の口からペラペラと出てくる言葉は嘘偽りない。静にはもっと自由に羽ばたいてほしいと願っているからだ。
そして春花自身も、前に進みたいと思っている。静や葉月に守ってもらってばかりではなく、自分の力で未来に向かって進んでいきたい。
そう心から思えるようになったのは、やはり静のおかげなのだ。
「ねえ、春花の夢はなに?」
「うーん、たくさんの人にピアノの魅力を伝えること、かな。静の夢は?」
「……ピアノで世界中の人を魅了すること」
「だよね。行きたいんでしょう?行ってきなよ。やらずに後悔しないで。私も静が世界に羽ばたく姿、見たいな」
「春花、一緒に……」
「一緒にはいかないよ。だって私にはたくさんの生徒さんがいるんだから」
ニッコリ笑う春花が眩しくて、静の方が胸が苦しくなる。思わず彼女を引き寄せてかたく抱きしめた。
夢と現実は相反する。
手の届く温もりを手放すのは勇気がいるし、それと同様に、抱いてきた夢を諦めるのも勇気がいる。
どちらが正しいかなんて誰もわからない。
お互いの見据える先は果たして同じ方向を向いているのだろうか。二人が決めた道は未知の世界だった。