静から楽屋で待っててと言われていた春花は、演奏終了後に関係者として中に入った。
静の名前が貼られた楽屋を前にノックをしようとしたとき、「ねえ」と声をかけられ振り向く。
「あなた、静の彼女よね?」
ワインカラーのドレスに身を包んだ三神メイサが、春花を値踏みするかのように立ちはだかった。
「あの……」
「あなたに話があるのよ。ちょっと来て」
「えっ、あのっ!」
有無を言わさず、メイサは春花を引っ張って自分の楽屋に連れ込んだ。パタンと閉められた扉はメイサの背にあって、簡単に逃げることができない。ワインカラーに負けないほどに目鼻立ちがくっきりした美人タイプのメイサは、腕組みをして春花を睨むように見下す。
「あなた、静の足を引っ張らないでちょうだい」
「それはどういうことでしょうか?」
「本当、能天気ね。静はこれから私と海外公演で名を馳せていくハズだったのよ。それなのに急に出てきたあなたにその夢を壊された」
「海外公演?」
「何?もしかして聞いてないの?静はこれから海外でも実績を上げていく予定だったのよ。でもあなたがケガをして側にいたいから諦めるんですって」
「え……」
「本当に知らなかったんだ?静はこれからもっともっと有名になる予定だったのよ。静には狭い日本より広い海外が似合ってる。海外からのオファーだってたくさんきているのよ。あなたもバカじゃないでしょう?静を説得して。今ならまだ間に合うわ。身を引いてちょうだい」
「そんな……」
春花は押し黙る。メイサの話が本当かどうかわからない。静からは何も聞いていないからだ。だが静の実力なら海外からのオファーだってあるに違いないし、そもそも静のピアニストとして初の公演は海外だった。
(私がいるから?静は我慢してる?)