いよいよ舞が始まった。
「陽香、濡れておらぬか?」
「何事じゃ?」
出てきて聞こえてきたのはそのような声だった。しかし致し方ない。
篳篥の音が響き渡り、他の楽器も続く。それに合わせ舞う。
「何と…。」
「水飛沫が誠に綺麗だ。」
舞うたびに、飛ぶ水飛沫が陽香の誠実さを表しているかのよう。16歳とは思えぬ色気が出ている。本人はただ祈りを込めて舞っているだけだが…。
感嘆しているのは、村人だけでなく氷白も同じだった。
「綺麗だ。やはり欲しいものだ。」
雄一、妬ましく思っているのは菜月だろう。立ち去りたいだろうが、村長の娘という肩書のせいでその場にいる。
無事、舞を終えることができた陽香は一安心。もう日も暮れ始めた頃だ。
夕飯の支度の準備をしていると、湊が駆け寄ってきた。
「陽香。とても綺麗だったぞ。水浸しの装束を見て始めは驚いたがな。」
「ありがとうございます。」
褒めてもらえてとても嬉しくなった。じゃぁなと湊が帰ると、村の男、女達が一勢に押し寄せてきた。
「陽香!美しかったぞ!」
「俺のとこに嫁いできてくれ!」
「巫女ではなく天女ではないのか!?」
「陽香ちゃん、綺麗!」
「私のお嫁さんにどうか!」
陽香は驚いた。そんなに褒めてもらえるなんて思いもしなかった。それより、濡れたまま舞ってしまい咎められると思っていたので少し拍子抜けだ。
…それより嫁いでや嫁と聞こえたけれど、聞き間違いかな…。
未だに男、女達の大群から抜け出せないでいると聞き慣れた声が聞こえてきた。
「陽香。」
落ち着いたその声で一気に静まり返り声の主の方へ一勢に視線がいく。
……氷白だ。女共はその美貌に絶叫し、男共はその美貌に絶望を覚える。
「……陽香…、あの者は?」
「えっと、その、倒れていてしばらくの間私が面倒を見ている氷白という者です。」
「そんな……。」
「俺らの天女の世話に……。」
「きゃー!」
「何と白銀の髪の強かなこと…。」
色を無くした目や、妬み、憎悪の目、うっとりした目とそれぞれの感情が滲み出ている。しかし、氷白の1言で一変する。
「私は、陽香を貰おうと思っているがな。」
より一層発狂するもの、憎むもの、中には崩れ落ちて魂が抜けているものがいる。
どうすればいいのか…?
そこで菜月が声を荒らげた。
「そんなの嘘!?こんな綺麗な方がこんな何の取り柄もない陽香を愛でているはずない!」
周りからは何を言っているんだ、というような顔で見つめられる。陽香を囲んでいる者の中には話を持ち込んだ者をいたからだ。陽香が黙って俯いていると氷白が怒りを露にした。
「おい娘、お前が陽香の縁談を握り潰していたんだろ?」
氷白から迫力のある鋭い目で睨みつけられ、菜月は動揺しながら口を開く。
「な、何を仰いますか。万が一それが本当だとして証拠は?無きに等しいのに何故そのようなことが言えるのです?」
「お前の家に行けば有るのではないか?」
「くっ…。」
菜月は反論する言葉もなくし、口を噛んだまま突っ立っている。
「は!?」
「ふざけるな!」
「ありえぬ…。」
周囲からは非難の声が聞こえてくる。
「…ひ、陽香が悪いのよ。私を虐めて、だからその腹いせに!」
「さっきからヌケヌケとよくもまぁそんな洞が吹けたな。」
「本当の事です!貴方のような美しい方に相応しい相手ではありません!」
村の人達は軽蔑の目を向けている。もう既に見限っているのだろう。
しかし、菜月の言葉に氷白が激怒した。
「相応しくないだと?貴様こそ身の程を知れ。」
その場に居合わせた人々は氷白の殺気混じりの威圧感に怯え、立っているのにやっとだ。菜月は顔が真青になり、体中が細かく震えている。
「しかし、私は、酷い仕打ちを受けて、」
「黙れ。貴様が虐めていた立場なのによくもまぁ堂々と居られるな。」
そう言って陽香の前に立ち、華奢な腕をその場の者達に見せた。痣だらけの痛々しい腕。見た人々は絶句した。
「巫女にこれだけのことをしたのだ。神が易易と許すことはなかろう。直、天罰が下る。娘、精々死なぬことだな。」
その言葉にさらに青ざめ、その場を立ち去っていった。
それに続いて村人も帰っていく。
「この度は誠に有難うございます。」
「私の方こそ、大事な時に護ってやれず不甲斐ない。」
「そんなことございません!」
勢いよく否定した。氷白のお陰でこのようになったのだ。謝られる筋合いは一切ない。
…それよりも
「氷白様、夕飯に致しましょう。今日は鮎が捕れたそうで分けて頂きました。今日は塩焼きですよ。」
家に入るよう促すと、氷白が陽香の髪を一束取る。陽香はそんな氷白を訝しみ、どうかしたのか、と尋ねた。
「お前は清らかな人間だな。」
優しい眼差しで陽香に向き合う。氷白の顔が近づいてきて思わず、目を瞑る。
額に何か柔らかい物が当たった。数秒後接吻さらたのだと気づき、顔が赤くなる。
「はは、それでは鮎を頂くとしよう。」
その日、陽香は落ち着いて寝ることができないのであった。
「陽香、濡れておらぬか?」
「何事じゃ?」
出てきて聞こえてきたのはそのような声だった。しかし致し方ない。
篳篥の音が響き渡り、他の楽器も続く。それに合わせ舞う。
「何と…。」
「水飛沫が誠に綺麗だ。」
舞うたびに、飛ぶ水飛沫が陽香の誠実さを表しているかのよう。16歳とは思えぬ色気が出ている。本人はただ祈りを込めて舞っているだけだが…。
感嘆しているのは、村人だけでなく氷白も同じだった。
「綺麗だ。やはり欲しいものだ。」
雄一、妬ましく思っているのは菜月だろう。立ち去りたいだろうが、村長の娘という肩書のせいでその場にいる。
無事、舞を終えることができた陽香は一安心。もう日も暮れ始めた頃だ。
夕飯の支度の準備をしていると、湊が駆け寄ってきた。
「陽香。とても綺麗だったぞ。水浸しの装束を見て始めは驚いたがな。」
「ありがとうございます。」
褒めてもらえてとても嬉しくなった。じゃぁなと湊が帰ると、村の男、女達が一勢に押し寄せてきた。
「陽香!美しかったぞ!」
「俺のとこに嫁いできてくれ!」
「巫女ではなく天女ではないのか!?」
「陽香ちゃん、綺麗!」
「私のお嫁さんにどうか!」
陽香は驚いた。そんなに褒めてもらえるなんて思いもしなかった。それより、濡れたまま舞ってしまい咎められると思っていたので少し拍子抜けだ。
…それより嫁いでや嫁と聞こえたけれど、聞き間違いかな…。
未だに男、女達の大群から抜け出せないでいると聞き慣れた声が聞こえてきた。
「陽香。」
落ち着いたその声で一気に静まり返り声の主の方へ一勢に視線がいく。
……氷白だ。女共はその美貌に絶叫し、男共はその美貌に絶望を覚える。
「……陽香…、あの者は?」
「えっと、その、倒れていてしばらくの間私が面倒を見ている氷白という者です。」
「そんな……。」
「俺らの天女の世話に……。」
「きゃー!」
「何と白銀の髪の強かなこと…。」
色を無くした目や、妬み、憎悪の目、うっとりした目とそれぞれの感情が滲み出ている。しかし、氷白の1言で一変する。
「私は、陽香を貰おうと思っているがな。」
より一層発狂するもの、憎むもの、中には崩れ落ちて魂が抜けているものがいる。
どうすればいいのか…?
そこで菜月が声を荒らげた。
「そんなの嘘!?こんな綺麗な方がこんな何の取り柄もない陽香を愛でているはずない!」
周りからは何を言っているんだ、というような顔で見つめられる。陽香を囲んでいる者の中には話を持ち込んだ者をいたからだ。陽香が黙って俯いていると氷白が怒りを露にした。
「おい娘、お前が陽香の縁談を握り潰していたんだろ?」
氷白から迫力のある鋭い目で睨みつけられ、菜月は動揺しながら口を開く。
「な、何を仰いますか。万が一それが本当だとして証拠は?無きに等しいのに何故そのようなことが言えるのです?」
「お前の家に行けば有るのではないか?」
「くっ…。」
菜月は反論する言葉もなくし、口を噛んだまま突っ立っている。
「は!?」
「ふざけるな!」
「ありえぬ…。」
周囲からは非難の声が聞こえてくる。
「…ひ、陽香が悪いのよ。私を虐めて、だからその腹いせに!」
「さっきからヌケヌケとよくもまぁそんな洞が吹けたな。」
「本当の事です!貴方のような美しい方に相応しい相手ではありません!」
村の人達は軽蔑の目を向けている。もう既に見限っているのだろう。
しかし、菜月の言葉に氷白が激怒した。
「相応しくないだと?貴様こそ身の程を知れ。」
その場に居合わせた人々は氷白の殺気混じりの威圧感に怯え、立っているのにやっとだ。菜月は顔が真青になり、体中が細かく震えている。
「しかし、私は、酷い仕打ちを受けて、」
「黙れ。貴様が虐めていた立場なのによくもまぁ堂々と居られるな。」
そう言って陽香の前に立ち、華奢な腕をその場の者達に見せた。痣だらけの痛々しい腕。見た人々は絶句した。
「巫女にこれだけのことをしたのだ。神が易易と許すことはなかろう。直、天罰が下る。娘、精々死なぬことだな。」
その言葉にさらに青ざめ、その場を立ち去っていった。
それに続いて村人も帰っていく。
「この度は誠に有難うございます。」
「私の方こそ、大事な時に護ってやれず不甲斐ない。」
「そんなことございません!」
勢いよく否定した。氷白のお陰でこのようになったのだ。謝られる筋合いは一切ない。
…それよりも
「氷白様、夕飯に致しましょう。今日は鮎が捕れたそうで分けて頂きました。今日は塩焼きですよ。」
家に入るよう促すと、氷白が陽香の髪を一束取る。陽香はそんな氷白を訝しみ、どうかしたのか、と尋ねた。
「お前は清らかな人間だな。」
優しい眼差しで陽香に向き合う。氷白の顔が近づいてきて思わず、目を瞑る。
額に何か柔らかい物が当たった。数秒後接吻さらたのだと気づき、顔が赤くなる。
「はは、それでは鮎を頂くとしよう。」
その日、陽香は落ち着いて寝ることができないのであった。