後日、神社には村の人達が大勢来ていた。
今日は舞を披露する日だ。巫女舞は村の平和を願って行われる。
それを見に来る人も多いが、村一の美人が舞うのだ。特に年頃の男共が多い。
「氷白様。」
「様付けしなくてよい。それより何だ?」
「狐になってください。」
「……何故だ。」
とても嫌そうな顔をしている。しかし整っている顔なので、然程変ではない。
「何故って村の方々は知らないのですよ?怪しまれては困ります。」
「湊は知っておろう。隠す必要が何処にある。」
「しかし、ある意味面倒なのです。」
氷白のような美男子が傍らにいれば、当然気に食わず、何かしら動いてくる人物がいる。……菜月だ。それだけでなく、村の未婚の女に質問攻めにあうだろう。それは億劫なので避けたい。
「…まぁ理由はともあれ、断る。」
「そんな…。」
「それに、ここに来ている男共は陽香目当てであろう。なら見せつけるいい機会だ。」
悪者のような邪悪な笑みを浮かべている。隣の陽香は今にも逃げ出したい。
「見せつけるも何も巫女舞に見に来てくださっているのですから、変なことはお止めください。」
「はぁ…、お前は本当に疎いな。」
「そんなことございません。大体何を見せつけるというのですか。」
「仲睦まじい恋人…といったところか。」
「恋人ではありません!」
今度は憎たらしい笑みを浮かべている。子供扱いも大概にしてほしいものだ。
「とりあえず、狐に、ほら、早く!」
「分かった分かった。」
渋々といったような感じで煙に巻かれ狐と化した。その狐を抱きかかえ陽香は家へ向かう。その抱き心地と言ったら綿あめを抱いているようで幸せな気分になった。
「そんなに、抱きたかったのか…。」
屈辱そうに言っているが、理由は違うものだ。半分抱きたかったのは事実だが…。
「あら〜、縁談の話のこない陽香さんではありませんか〜。」
面倒なのに出会した。
「菜月様、御無沙汰しております。」
「腕に抱いているのは狐?銀色の狐なんて珍しいこと。案外物好きなのねぇ~。」
ニタニタと笑う姿は実に気色悪い。
「それでは支度があるので失礼…」
バシャッ。
後ろを向いた瞬間冷たい水を浴びせられた。
「あらー、大丈夫?その巫女装束じゃぁ出られないわねー。残念。」
そんな言葉はどうでもよく、氷白が濡れていないか心配だ。抱いていた腕のお陰であまり濡れていないようなので安堵する。
「それでは失礼します。」
家の中へと入ると戸越しに嘲笑う声が聞こえてくる。もう慣れている陽香は気にせず、新しい装束に着替える。
すると、真下から怒りを必死に抑えているような声がした。
「あの女、少し懲らしめてもいいのではないか?」
「…氷白、着替え中です。」
「…すまない。」
素直に後ろを向いた。
「…懲らしめなくとも大丈夫です。」
「しかし、痣もあやつの仕業であろう。陽香の縁談も白紙にして虐めていたのだ。罰があっても良かろう。」
「…ん?縁談を白紙に?」
初耳だ…。そんなことまでしていたのか。というか何故知っているのだろう。
「私だって一応神使だ。神から告げられることも時々ある。水を掛けられることを知っていながら防ぐことができず申し訳ない。」
…だから、狐になりたくないと言ったのだろうか。それより、天は全て見越しているというのは本当らしい。
後ろを向くといつの間にか人の姿へと戻っている。
「大丈夫です。運命(さだめ)は変えることなどできるはずございません。それに心配して頂けただけで十分です。」
聖母のような笑みを向けると、氷白が力強く抱きしめてきた。
「優しいな、陽香は。」
そう言って目を細めて笑う氷白を見て一瞬ドキッとする。
「…さて、舞を始める時間ですね。」
「しっかり拝見させてもらう。」
神使に見てもらうのは少し緊張する。
それでもやらねば!
天冠と巫女鈴を用意し、持っていく。氷白はまだ家の中にいる様子なので1人庭へ駆けていく。
大樹の木陰に入ったところで、また後ろから水を掛けられた。
「これではもう舞うことができませんね〜。あら、残念。」
もう、替えはない。仕方なくこれで踊ることにしよう。
幸いにも髪と手元に持っている天冠と巫女鈴は濡れておらず、安堵する。
…まぁ装束は濡れてしまっているが……。
時間が押してきている。陽香は駆け足でその場を後にし身支度を済ませた。