あれから、陽香はあの僧が鬼であったこと、巫女としての自分の力、その他諸々の事実を氷白に告げられた。そして元々は嫁探しに来たのではなく、単に隣村で起きている人殺しを無くすためだということも。そうだろうなと納得できたが、何故か胸が少し苦しくなった。それよりも天に召された人々が安らかに眠れるよう簡易的な墓を作り、祈りを捧げた。
…それより村人を護る加護の力などがあるらしいけど、全然分からない。
来た理由以外話についていけず、目を回しそうになるので聞き流すことにした。しかし最近、どうにも氷白を直視できない。あのような醜態を晒したからか幼子扱いされなからか。自分でもよくわからないが、氷白と話す度、心臓の音がよく聞こえる。
…もしや、氷白のことを?
頭の中に浮かんだ疑問を必死に振り払った。そもそも嫁探しという泊めてもらうための口実だっただろうし、あれだけ慕ってくれる者が多いなら陽香よりも美人で器量も良く、財が富んでいる者がいるだろう。
それ以前に、氷白は役目を終えた。もうすぐ、ここから出ていくだろう。陽香はお役御免というわけだ。次々に湧いてくる事実に少し悲しくなる。そして、気持ちの正体に気づいてしまった。
どこか上の空で朝食を作っていると、後ろから名を呼ばれた。
「陽香。」
「わっ、はい。何でしょう。」
「お前、あれから傷はどうだ?」
呼ばれた時は心臓が飛び出るかと思ったがとても心配そうに聞いてくる氷白が可愛らしく少し笑えてきた。
「大丈夫です。」
にっこり堂々嘘をつけば氷白は陽香を座らせた。陽香が首を傾げている間に、右足首を左右に動かそうとしている。少し右に動かしたところで。
「いっ!急に何をするのです!」
少し苛立った陽香は氷白を軽く睨みつける。…………が、氷白はもっと恐ろしく般若のような顔をしている。先程まで睨んでいたのに怯んでしまった。
「大丈夫?この様でか?」
「ひ、氷白の力が、強かったからです。」
何とも苦しい言い訳であろうか。ゆっくりと慎重に動かしていたのに。
「当分の間、家事はするな。身の回りのことは私がしよう。いいな?」
「そんなっ、」
「いいな?」
「…はい。」
気圧され、折れた陽香は心の中で鬼は氷白の方ではと疑問が出てきた。
そして、背を向け朝ご飯の支度を引き継いだ氷白に聞こえてない程度で確信した事を口にした。
「…氷白の鬼。」
我ながら子供っぽくなったなと先程の失言を後悔する。
まぁ、聞こえてないから…。当然氷白は聞き逃さずこちらに来たので、おろおろとしてしまう。
「誰が鬼だって?」
笑っているが、目がしっかり笑っていない。
「い、いえ。何も。」
あははと笑って誤魔化せるかと思ったが、氷白の顔が迫ってきている。座り込んだまま後退りしてもついてくる。
心臓の音が凄い。
今にも飛び出るんじゃないかと思えるほど聞こえてくる。
「しっかりと聞こえているから安心しろ。」
…それ安心できません。
「さぁ、どうしようか。少しばかり、罰を与えてもいいよな?」
笑っている顔も笑ってないように見えてきた。否、元から笑ってないけど。
「いぇ、堪忍してください…。」
どんどん小声になっていく。両手を前に出して横を向いた。恥ずかしいし、怖いしで陽香の心の中は複雑である。
「…何故横を向く?」
「あっいやーあのっ。」
「何だ?」
凄い圧で問い詰められ、陽香は捨て鉢になった。
「氷白の圧が強くて怖いのです!誰だってこの圧を受けたらこうなりますよ。それに、何故か氷白の事が頭から離れないのです!顔が近いから恥ずかしいし、さっきだって氷白がこの家から出ていかれるのが悲しく感じられ…。」
左手を引っ張られた反動で氷白の顔が更に近くなった。一気に顔が赤くなる。
べらべらと、とんでもない事を…。
また横を向くが、左手を掴んでいる手とは逆手で頬を掴まれ、正面を向かせられる。
目の前には先程の笑っていない笑顔ではなく、ニタニタと笑っている氷白の顔がある。
「ほぅ。そんなことを考えていたのか。」
「ち、違います。」
熱が出たときのように頭が回らない。これでは本当に子供だ。
「…一応言っておくが、人間界に来たのは役目があったからだ。そして、泊まらせてもらっているのもそのためだ。」
「重々承知です。」
「だが、お前を慕っているのは本当だ。だから、これからもここに居ようと思っている。」
「…え?」
「良いだろう?」
そうやって目を細めて悪戯に微笑む姿は、まるで作り物のように繊細で清らかで、とても綺麗だった。
「宜しく、お願い致します。」
泣きそうになり俯くと、氷白が抱きしめてくれた。
「あぁ。…にしても、陽香は初めは大人しかったのに今では子供らしいな。」
「……そんなこと…。」
「別に良い。好きなだけ甘えろ。」
氷白はクスクスと笑っている。それに対して陽香はムスッとしている。
けれど、今思い返してみれば、親がいなかったから、あまり甘えたこともない。育ててくれた湊夫婦には迷惑をかけまいと甘えなかった。こうして甘えられる人ができて今では少し嬉しい。
「氷白、朝食は!?」
「もうできておる。」
2人で食べる朝食はいつもより美味しく感じられた。
…どうか、この平和な日々が続きますように。
…それより村人を護る加護の力などがあるらしいけど、全然分からない。
来た理由以外話についていけず、目を回しそうになるので聞き流すことにした。しかし最近、どうにも氷白を直視できない。あのような醜態を晒したからか幼子扱いされなからか。自分でもよくわからないが、氷白と話す度、心臓の音がよく聞こえる。
…もしや、氷白のことを?
頭の中に浮かんだ疑問を必死に振り払った。そもそも嫁探しという泊めてもらうための口実だっただろうし、あれだけ慕ってくれる者が多いなら陽香よりも美人で器量も良く、財が富んでいる者がいるだろう。
それ以前に、氷白は役目を終えた。もうすぐ、ここから出ていくだろう。陽香はお役御免というわけだ。次々に湧いてくる事実に少し悲しくなる。そして、気持ちの正体に気づいてしまった。
どこか上の空で朝食を作っていると、後ろから名を呼ばれた。
「陽香。」
「わっ、はい。何でしょう。」
「お前、あれから傷はどうだ?」
呼ばれた時は心臓が飛び出るかと思ったがとても心配そうに聞いてくる氷白が可愛らしく少し笑えてきた。
「大丈夫です。」
にっこり堂々嘘をつけば氷白は陽香を座らせた。陽香が首を傾げている間に、右足首を左右に動かそうとしている。少し右に動かしたところで。
「いっ!急に何をするのです!」
少し苛立った陽香は氷白を軽く睨みつける。…………が、氷白はもっと恐ろしく般若のような顔をしている。先程まで睨んでいたのに怯んでしまった。
「大丈夫?この様でか?」
「ひ、氷白の力が、強かったからです。」
何とも苦しい言い訳であろうか。ゆっくりと慎重に動かしていたのに。
「当分の間、家事はするな。身の回りのことは私がしよう。いいな?」
「そんなっ、」
「いいな?」
「…はい。」
気圧され、折れた陽香は心の中で鬼は氷白の方ではと疑問が出てきた。
そして、背を向け朝ご飯の支度を引き継いだ氷白に聞こえてない程度で確信した事を口にした。
「…氷白の鬼。」
我ながら子供っぽくなったなと先程の失言を後悔する。
まぁ、聞こえてないから…。当然氷白は聞き逃さずこちらに来たので、おろおろとしてしまう。
「誰が鬼だって?」
笑っているが、目がしっかり笑っていない。
「い、いえ。何も。」
あははと笑って誤魔化せるかと思ったが、氷白の顔が迫ってきている。座り込んだまま後退りしてもついてくる。
心臓の音が凄い。
今にも飛び出るんじゃないかと思えるほど聞こえてくる。
「しっかりと聞こえているから安心しろ。」
…それ安心できません。
「さぁ、どうしようか。少しばかり、罰を与えてもいいよな?」
笑っている顔も笑ってないように見えてきた。否、元から笑ってないけど。
「いぇ、堪忍してください…。」
どんどん小声になっていく。両手を前に出して横を向いた。恥ずかしいし、怖いしで陽香の心の中は複雑である。
「…何故横を向く?」
「あっいやーあのっ。」
「何だ?」
凄い圧で問い詰められ、陽香は捨て鉢になった。
「氷白の圧が強くて怖いのです!誰だってこの圧を受けたらこうなりますよ。それに、何故か氷白の事が頭から離れないのです!顔が近いから恥ずかしいし、さっきだって氷白がこの家から出ていかれるのが悲しく感じられ…。」
左手を引っ張られた反動で氷白の顔が更に近くなった。一気に顔が赤くなる。
べらべらと、とんでもない事を…。
また横を向くが、左手を掴んでいる手とは逆手で頬を掴まれ、正面を向かせられる。
目の前には先程の笑っていない笑顔ではなく、ニタニタと笑っている氷白の顔がある。
「ほぅ。そんなことを考えていたのか。」
「ち、違います。」
熱が出たときのように頭が回らない。これでは本当に子供だ。
「…一応言っておくが、人間界に来たのは役目があったからだ。そして、泊まらせてもらっているのもそのためだ。」
「重々承知です。」
「だが、お前を慕っているのは本当だ。だから、これからもここに居ようと思っている。」
「…え?」
「良いだろう?」
そうやって目を細めて悪戯に微笑む姿は、まるで作り物のように繊細で清らかで、とても綺麗だった。
「宜しく、お願い致します。」
泣きそうになり俯くと、氷白が抱きしめてくれた。
「あぁ。…にしても、陽香は初めは大人しかったのに今では子供らしいな。」
「……そんなこと…。」
「別に良い。好きなだけ甘えろ。」
氷白はクスクスと笑っている。それに対して陽香はムスッとしている。
けれど、今思い返してみれば、親がいなかったから、あまり甘えたこともない。育ててくれた湊夫婦には迷惑をかけまいと甘えなかった。こうして甘えられる人ができて今では少し嬉しい。
「氷白、朝食は!?」
「もうできておる。」
2人で食べる朝食はいつもより美味しく感じられた。
…どうか、この平和な日々が続きますように。