いつ、帰ってくるのでしょうか…。
神社の掃除、神事を終わらせ、することがなくなった陽香は1人家でのんびりと過ごしていた。氷白が訪れてから1日も留守にしているのは初めてで妙な気持ちだ。
…昨日の鈴の音は一体…。
何か良くないことが起こっているのだろうが、村から出るなと言われた。自分の無力感に浸りつつも茶を啜る。
「陽香ー!」
「湊さん?どうされました?」
慌ててこちらへ来る様子に只ならぬ緊張感を覚える。
「大変じゃよー。隣村の僧が来てなー。お主を娶りたいと言っておるんじゃ。」
「………はい?」
隣村の僧の存在は聞いたことがあるが、それ以上知らない。ましてや、会ったこともないのだ。何が何だか、頭が混乱している。
「とりあえず、来てくれるな?」
「…分かり、ました。」
重たい足を必死に動かし、僧のもとへ向かった。

「お初にお目にかかります。私が陽香でございます。」
「あぁ、やはり噂通りの絶世の美女ですね。」
ニコッと笑いこちらを上から下まで見る様子に少し恐怖を覚える。否、会ったときから、僧の回りから嫌なものを感じられる。
年は三十路ぐらいであろうか。少し髭が伸びていて、ほっそりとした体つきをしている。
今すぐ逃げ出したい陽香は話を終わらせようと試みた。
「申し訳ありませんが、貴方様のところへ嫁ぐのはお断り致します。」
「ほう。これはなかなか手厳しい。」
「お話は終わりでしょうか?」
「いやー、しかし、何処ぞか分からぬ地から来た者よりもよっぽど信頼関係が築けるた思うのですがねー。」
少し肩が動く。今、言われたのは氷白の事だろう。確かに最初はそのようにお待っていたが、今ではとても信頼できる。それに、氷白よりも目の前にいるこの男のほうが余程恐ろしい。
…姿形は人でも中身は違うもののような異質な感じがする。
変な緊張感で気を抜けば、この場に崩れ落ちてしまいそうだ。
力を振り絞り声を発した。
「失礼ながら、あの御方は貴方様よりも信頼できます。どうかお引取りを。」
初対面の方に酷い事を言ったかと言い方を考えなかった自分に後悔しつつも、これで退いてくれることを願う。
「……そうですか…。」
今での笑顔は消え、声も少し低くなっている。
僧は恐怖で動けない陽香に近づき、隣の湊に聞こえぬほどの小声で陽香に言った。
「これ以上、無駄な犠牲を出したくなければ、私と一緒に来なさい。まぁ、村の人々が苦しみ悶えながら死んでもいいと言うなら構いませんが。」
陽香の顔は一気に青ざめた。
「それでは、失礼致します。」
再び笑っているが、目は笑っていない。
その目はどうなるかわかっているだような?、と脅しているように見えた。
陽香は咄嗟に動いた。
「…私、貴方様のもとへ嫁ぎます。」
「え!?いいのか!?お前には…」
「そうか。私の勝手な申し出を受け入れてくれて有難うございます。」
驚いた湊の声を妨げ、お礼の言葉を言う。
陽香から見てその姿は、悪鬼にしか見えなかった。