「いくべ」

 夜空に、花火が上がってる。そこかしこで、歓声が聞こえる。
 火薬のにおい。人いきれ。
 ヤマンバは、花火大会の観覧場所である、川の土手方面じゃなくて、駅の方へ私を連れて歩き出した。
 駅から、たくさんの人たちがやってくる。あっちもこっちも、楽しそう。
 浴衣を来てる男女。親子連れ。小学校、中学・高校生たちの、男子女子、それぞれの集団。みんな、顔を見上げて、花火を楽しんでる。
 私は、びしょ濡れになって、頭から、水をボタボタ垂らしながら、真っ黒顔面のバケモノに連れられて歩いている。
 周りから見られてる。恥ずかしい。
 顔を上げていられない。なんでこんなことになってるのか、理解できないし、理解する気力もない。
 人の流れに、私たちだけが逆流していた。みんなと違う。そんなことが、とてつもなく、自分自身が悪いことをしていると感じさせる。あまりにも自分が惨めに思えてきた。
「どした?」
 力一杯立ち止まって、ヤマンバが掴んでる手を、思いっきり振りほどいた。
 ヤマンバが、不思議なモノを見るように、同じく立ち止まって、こっちを見ている。
「もういい。帰る」
 何か悪いことをしたとかじゃない。今の自分が、悪い存在なんだ。そう思うと、もうこれ以上、歩くのすら、嫌になった。
「やべえ」
 は?
「趙ウケる」
 はぁ? このヤマンバは、人の気も知らずに、指さして笑った。
 むかつく!
「とりあえず、ノープロ! いくべ!」
 また、腕を掴んできた。
「離してよ!」
「うっひょい〜。パねぇ!」
 思いっきり腕を振り回して拒絶してるのに、ヤマンバは、全然構わず、私の両手を軽々と捕まえて、あっさりと連行を再開した。
 なんなの!? 全然話通じないんだけど!
「ねえ、切符あるー?」
 駅について、ヤマンバが言う。お金、ない。
「おけおけ、ノープロ〜」
 ヤマンバは、飴をなめながら、2人分の切符を券売機で購入した。
「うい」
 切符を一枚渡してくれる。硬い。
 ホームで、発車ベルが鳴り出した。
「やべえ。急ぐよ!」
 行きたくなかったはずなのに、強引に連れて行かれ、改札に到達。
 駅員さんが、改札に立ってる。カチカチカチカチ。珍しいこともあるもんだ。
 花火大会だから? 今まさに、駅から大量のお客さんが、電車を降りて出て行ったところだ。