情けない。そんな当たり前のことが、すっかり頭の中から消えていた。
 ずっと、人と関わらず、人を避けて生きてきたから。ありがとうなんて感謝より、自分みたいな人間が、申し訳ない気持ちになるだけで、心が歪んでしまってたから。
「……ありがとう」
 おばちゃん、にかっと笑って、
「チョベリグ〜!」
 浴衣の着付けは、手伝ってもらった。あと、メイクも。
 ふああ。

 銭湯を出た。
 花火はまだやってる。けど、もうそろそろ終わりそうな時間だ。
「もう一回、観に行く?」
 言うが早いか、彼女は、グッと私の手を握った。駅は目の前だ。
 今の彼女は、バケモノでもなければ、ガングロでもない。
 ただ日に焼けた、健康的なスポーツ女子高生。
 白い髪の毛はさらさらで、化粧気のないきめ細かい褐色の肌は、ただただうらやましくて、すらりと伸びた手足と、厚底のおかげで私よりも背が高くなってる彼女。
 その手を握り返した。ぎゅっと。誰にも渡したくないと意志を込めて。

 電車に乗り、2駅進み、改札を抜け、最初に出逢った神社に着いた。
 花火は、もう終盤。残りの花火が、これでもかと怒濤のように打ち上がる。
 ドドパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ!
 昏い夜空が、真っ黒なキャンバスが、赤、青、黄、紫、橙、ピンク、世界に存在すると考えられるあらゆる色彩で、埋め尽くされる。明るい。
 人気のない神社から、手を繋いで、花火を見る。空には、煙が充満している。
 この場所にも、これから先にも、2人しかいない世界のように思えた。
「キレイ」
 ぽつりとつぶやいた。訂正された。
『チョベリグ〜!』
 ひゅーるるるるるるるるるるるる……
 どどどどーん。
 ぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱら。
『た〜まや〜!!!!』
 力の限り、大きな声で叫んだ。たったの一代でなくなりながら、その親とも言うべき師匠と共に、1659年から今まで、360年も残っている名前。玉屋さん。鍵屋さん。なんてステキな関係なんだろう。
『か〜ぎや〜!!!!』
 すーっと、夜空から、音が消えていく。その後に続く、わっという拍手と大歓声。
 川沿いには、本当にたくさんの人がいた。
 私の視界を、彼女の顔が埋めた。目の前に。至近距離に。
 大きな眼が、こっちを見てる。キレイな黒瞳。ドキドキする。