二章「一日に祝福を・人の一日の価値を」
朝、目を覚ますよ隣で妻と娘が寝ている。昨日はまともに会話もできずに無愛想にしてしまった。何よりも大切な家族のはずなのに。
普段の休日なら二度寝しようともう一度まぶたを閉ざしてしまう時間だが起きてキッチンへと向かった。
結婚したばかりの頃はご飯も二人で交互に作っていた。でも娘が生まれて妻も仕事を辞めて、ちょうど同じタイミングで仕事が忙しくなってそれきり料理も洗濯も妻に任せっきりになっていた。結婚した時は交互にすることを約束としていたのに。私の忙しさを見て妻も気を使ってくれたのだとは思う。実際がんが発覚するまでは働き詰めで妻のことも娘のこともあまり気にかけてやることができなかった。
こうして包丁を持つのは何年振りだろうな。
すっかり忘れてしまった感覚を思い出すように、あの頃二人で囲んだ食卓を思い浮かべながら朝食を作った。
しばらくして妻が起きて顔を出した。そしてキッチンに立つ私を見るなりもうスピードで駆け寄ってきた。
「まだ退院したばっかりなのに、そんな朝ごはんなんて私が作るから。」
「でも入院してる間心配かけたし何かしてやりたいと思って。」
「それは嬉しいけど、でも。」
と終わりのない話し合いになりそうな雰囲気を終わらせるように元気な声の高いおはようが聞こえた。
ダイニングに顔を出した娘に
「おはよう」
と声をかける。こうして娘におはようを言うのもいつ振りだろうか。
すると娘は嬉しそうにもう一度おはようと言った。
そのまま食卓を囲んだ。思えば娘が私の料理を食べるのはこれが初めてになるかもしれない。
「いただきます」
と娘が卵焼きを口に運ぶのについ見入ってしまった。
「美味しいよ」
という声にどこか涙が出そうになる。
「お母さんの卵焼きとおんなじ味がする!」
と言われたので驚いてしまった。
昔妻はあまり料理は得意ではなかったから教えたことがあったけど確かそれで一番最初に教えた料理が卵焼きだったはずだ。
そして堪えていた涙が出てしまった。今この時が幸せすぎて。
昼間は家族で買い物に出かけた。色々消耗品とかを買い足さなければいけないということもあったけどほとんどの目的はお出かけだった。
こうして笑い合える時間をいつまでも続けていくことができる。私が望み続ければ。終わることなく、勝手に死ぬこともない。いつまでもこの時間を守り続けることができる。他の人よりもずっと幸せなもっと幸せな時間を作っていける。生きているということは素晴らしい。そう心から思えてしまう。
そうして夜を迎えた。今日は昨日よりも少し浮いた気分で死神を呼ぶ。あの猫を持ち上げてしまったことに後悔しかなかった昨日とは違うから生きていける喜びがわかっている気がするから。
朝、目を覚ますよ隣で妻と娘が寝ている。昨日はまともに会話もできずに無愛想にしてしまった。何よりも大切な家族のはずなのに。
普段の休日なら二度寝しようともう一度まぶたを閉ざしてしまう時間だが起きてキッチンへと向かった。
結婚したばかりの頃はご飯も二人で交互に作っていた。でも娘が生まれて妻も仕事を辞めて、ちょうど同じタイミングで仕事が忙しくなってそれきり料理も洗濯も妻に任せっきりになっていた。結婚した時は交互にすることを約束としていたのに。私の忙しさを見て妻も気を使ってくれたのだとは思う。実際がんが発覚するまでは働き詰めで妻のことも娘のこともあまり気にかけてやることができなかった。
こうして包丁を持つのは何年振りだろうな。
すっかり忘れてしまった感覚を思い出すように、あの頃二人で囲んだ食卓を思い浮かべながら朝食を作った。
しばらくして妻が起きて顔を出した。そしてキッチンに立つ私を見るなりもうスピードで駆け寄ってきた。
「まだ退院したばっかりなのに、そんな朝ごはんなんて私が作るから。」
「でも入院してる間心配かけたし何かしてやりたいと思って。」
「それは嬉しいけど、でも。」
と終わりのない話し合いになりそうな雰囲気を終わらせるように元気な声の高いおはようが聞こえた。
ダイニングに顔を出した娘に
「おはよう」
と声をかける。こうして娘におはようを言うのもいつ振りだろうか。
すると娘は嬉しそうにもう一度おはようと言った。
そのまま食卓を囲んだ。思えば娘が私の料理を食べるのはこれが初めてになるかもしれない。
「いただきます」
と娘が卵焼きを口に運ぶのについ見入ってしまった。
「美味しいよ」
という声にどこか涙が出そうになる。
「お母さんの卵焼きとおんなじ味がする!」
と言われたので驚いてしまった。
昔妻はあまり料理は得意ではなかったから教えたことがあったけど確かそれで一番最初に教えた料理が卵焼きだったはずだ。
そして堪えていた涙が出てしまった。今この時が幸せすぎて。
昼間は家族で買い物に出かけた。色々消耗品とかを買い足さなければいけないということもあったけどほとんどの目的はお出かけだった。
こうして笑い合える時間をいつまでも続けていくことができる。私が望み続ければ。終わることなく、勝手に死ぬこともない。いつまでもこの時間を守り続けることができる。他の人よりもずっと幸せなもっと幸せな時間を作っていける。生きているということは素晴らしい。そう心から思えてしまう。
そうして夜を迎えた。今日は昨日よりも少し浮いた気分で死神を呼ぶ。あの猫を持ち上げてしまったことに後悔しかなかった昨日とは違うから生きていける喜びがわかっている気がするから。