「じゃあ、お前が死ぬなら俺も死のう。」
突然男が言い出した。
は?
何を言い出すんだ。
「意味分かんない。」
なんて冗談だ。
「いーや、俺も死ぬよ。」
男の表情は本気のようにも見えて、そうでもないように見えた。
「え、本気?」
「本気。」
さも当たり前のように言う。そんなさらりと言われても。少し戸惑いながら聞く。
「なんで。」
「ん、俺は別に生にも執着はないし、死んでもいいよ。」
死んでもいいって。

「死ってそんな軽いもんじゃない。もう一生何もできないし、未来なんか訪れない。あんたなんか、まだ医者としての将来があるくせに。」
「じゃあ、お前が死ぬなよ。」
と当たり前のように言う。

は?
「言ったろ。お前と一緒に死ぬって。
だから、お前が死なないんだったら、俺も死なない。」
簡単なことだと言うように男は、軽くタバコを吹いた。
「どうする?俺は別にどっちでもいい。」

いや、いやいやいや
「私は1人で死ぬから、あんたはさっさと去って。」
「無理だ。それはできん。」
勝手だな。こいつ。
「ていうか、自分の命は大切にしなよ。」
「いや、そっくりそのままお前に返すよ。」
と軽く笑う。
「いや、私とあんたでは違うというか。」
「一緒だよ。んなもん。お前の命=俺の命だ。」
いやいやいやいやいや、
「私、今日あんたと初めて出会ったんですけど。それなのになんでそんな。」
男はまたタバコを吹かす。
「いいんだよ。俺は別に。
んで、死ぬのか、生きるのか。」
男はちらっと私の方を見て言った。
「私は死ぬよ。」
と下を見る。風が吹いて髪がなびく。一気に現実に戻った気分だ。そうだ。私はもう無理なんだ。
「じゃあ、死ぬ前のおしゃべりどうもありがとう。最後に少し楽しい思い出ができたよ。さようなら。」
と最後に男を見る。
「いや、何俺をおいていこうとすんだ。言ったろ。俺は本気だって。」
男は、軽く笑って、私に言う。手すりをさっと乗り越えて私の横に立つ。
「さあ、死のう。」
その言葉は全然力がこもってなくて、ただの日常会話のようだ。彼は本気で死んでもいいように見えた。本気。

「やっぱ、やめる。死ぬの。」
「なーんだ。怖気づいたか。」
「いや、自分のせいで死なれたらちょっとあれだし。それに、男女2人で自殺したら心中みたいじゃん。嫌だよ、こんなおじさんと死ぬの。」
とフェンスを乗り越える。また、別の日にしよう。男がいない日に。
「ひでぇー。俺まだ27歳なのに。」
「え、おじさんじゃん。」
「え、そうなの?俺、もうおじさん?え?え?」
ばかみたい。軽く笑みがこぼれる。
なんとか気力を持ちこたえた男が、
「まあ、死に急ぐな。のんびり生きろ。」
と、軽く私の頭をぽんっとして、笑った。