「どう、して……?」
 しばらくの沈黙のあと、皆崎さんが震える声で尋ねた。

「どうして、こんな醜いわたしに寄り添ってくれるの……?」
「醜い?」

 皆崎さんから放たれた言葉に、私は首を傾げた。皆崎さんを醜いと思っている人なんて、私の知る限りいない。
 ぼけっとした顔をしていたからか、皆崎さんは言葉を付け足した。

「わたしの存在価値は、他人に都合よくいることしかないの。だからまともにご飯も食べられなくて、吐いちゃうようなわたしは見捨てられるんだって」
「ああ……」

 皆崎さんの訴えに、私は悲しいかな共感してしまった。

『可愛くもなくて太ってるあんたなんて、家事くらいしか役に立てることないでしょ。さっさとあたしの晩ご飯、作ってよ』
 小学生のとき、母親に言われた言葉だ。今でも私の心に、大きな傷を遺している。

 お母さんは過食嘔吐──胃の中を隙間なく満たすまで食べ、そのあと罪悪感や義務感などから吐いてしまう症状だ──になった私を見捨て、彼氏と一緒になってしまった。今はお母さんの妹、つまり叔母さんのところで生活させてもらっているが、症状を理解してもらうにはまだ時間がかかると思う。高校卒業とともにまた捨てられても、おかしくはない。

 捨てられる恐怖。
 普通のことが普通にできない恐怖。
 捨てられないために、必死に空気を読む緊張。

 皆崎さんの瞳からそれらが透けて見え、古傷をえぐる。痛みはあるが、逃げはしない。

「辛いよね。空気を読むのも、捨てられることに恐怖するのも、普通に食べられないことも。……私も、おこがましいかもしれないけど同じだから。だから──」
 勇気を出して、声を振り絞る。ショックのさなか、私の目をじっと見てくれる皆崎さんに届くように。

「仲間になろうよ」

 皆崎さんは首を傾げ、頓狂な声を出した。
「仲間……?」
「そう」
 私はそれに頷いて、説明する。

「私も……まあ見てわかるかもしれないけど、摂食障害なの。前よりはかなりマシになって、食べる量は普通かそれよりちょっと少ないくらいなんだけど、吐くのはやめられなくて。今も吐けてない罪悪感から死にそう」

 皆崎さんは大きな目をさらに見開いて私を眺めたのちに、「そうなんだ……」と納得したような声を出した。教室でもたびたび私の体型について言及していた人がいるのは知っている。謎が解けたような、予想が当たったような。

 いずれにしても腑に落ちたのだろう、表情は幾分か平静になっていた。

「じゃあ、いいのかな? 本音で話して」
 皆崎さんは遠慮がちに、上目遣いで私に問う。

 それに私は嬉しくなって、
「もちろん」
 と笑顔で返した。……と同時に不安になったが、それもすぐに消え失せる。

 皆崎さんが安心したように笑っていたからだ。

『笑うな、気持ち悪い』
 まだ幼稚園に上がりたてだったころ、お母さんに言われた言葉をまた思い出す。

 私の笑顔は相当他人を不快にさせてしまうのか、クラスの男子からも同じようなことを言われた。
 それ以来笑うのが怖くて、誰ともしゃべらないようにしていた──それなのに。

「私のほうこそ、救われたかも」

 ぽつり、とひとりごとを呟いた。皆崎さんは不思議がって「どうしたの?」と問う。
 皆崎さんが本物の『姫』として振る舞えるように。私と同じような苦痛を、これ以上味わわせないように。
 そう思っていたはずなのに、気がつけば私が皆崎さんに救われていた。涙が頬を伝う。まだ話しかけて五分と経っていないのに。

「久しぶりにこうやって人と話せたなって思ってさ。ごめんね」
「気にしなくていいよ。わたしも嬉しくて泣きそうだから」

 皆崎さんは明るい笑顔を浮かべる。少しだけ切れている口の端が、やけに痛々しく映った。