母親に「ご飯だよー」と言われるまで熟睡していた。
目をこすりカーテンを閉め、部屋のよどんだ空気を入れ替える為に窓を開ける。
夕立後の雨の匂いを感じながら階下に降りると、定時に帰ってきた役所勤めの父親が食卓について食事をしていた。
「顔むくんでるぞ」
父親にそう言って笑われた。
「短時間で寝まくった」
隣に座ると母親が席を立って夕食を用意する。
「あれから情報も入ってきて、お父さんに話を聞いてもらってたの」
興奮しながら母親が言うけど、拡散中の母親LINEの話に興味はなかった。
現実に経験した僕たちにしかわからない。
「ひどいと思う」
小学生のような母親の意見にぷっと吹き出すと、にらまれた。
「恨んで殺すってどう思うお父さん?」
僕が話にのらないので、怒りの矛先を父親に向ける。
「どう思うって、相手は幽霊だし」
「自分の息子が殺されるかもしれないのよ!そんなんでどーするの!」
ヒートアップしてきたー。たまにあるんだよな。
「明日カウンセラーが動いて、保護者会があるからそれに俺が出るよ」
「そんなのあるの?」驚いて僕が聞くと「ある!」と、母親は断言した。
自信満々なその答えは、背中に後光を背負っているようにきらめいていた。
「お母さん。絶対、俊太になにかあったら、そいつが俊太を殺しに来たら。絶対絶対戦って勝つから!」
そう言うと、父親が感心して「そんな映画の題名あったな」ってつぶやいた。母親が期待を込めて父親を見つめていたら「妖怪大戦争」って笑うので僕も笑った。
母親は本気で怒って口を利かなくなり、乱暴に食事を終えて自分の分だけ片づけてテーブルから離れてテレビの前にドスンと座った。
「お父さんが片づけます」
反省しながらそう言うので僕はうなずいた。
あとはお父さんがご機嫌とって下さい。
「ごちそうさま」と、僕も食事を終えて自分の部屋に戻ろうとしたら、父親に止められた。
「明日、学校休んでいいんたぞ」
真面目な顔で言われたので首を横に振る。
「どこにいても同じだし」
でも、寝てる最中に襲われなかった。
遠藤くんの気配はなかった……って熟睡していて気付かなかっただけかもしれないけれど。僕はまだ地獄じゃなくて現実世界で生活していた。
「信じられない話だけど、お父さんもお母さんも俊太を信じているし力になりたい。なんでもするから言ってくれ。いつでも話を聞く」
その言葉はテレビ前の母親にも届いているのか、かすかに見える頭が縦に揺れていた。
「わかった」って僕は答えて、また階段を上って自分の部屋に向かった。