野球部やサッカー部のかけ声が響き渡るグランドの隅に腰をおろした私は、荒れる息を整えながら流れる汗をタオルで拭った。

 大会直前の練習としてバトンパスに集中しているけど、結果は納得とは程遠く、気持ちばかりが空回りし続けていた。

 やや離れた場所で休憩する美由希に目を向けると、美由希も私と同じように暗い顔のままスポーツドリンクを黙々と飲んでいた。

 ――なんでこうなっちゃったんだろう

 美由希の姿を見て、私は動揺と胸の痛みをおさえられなかった。美由希とは、中学で出会って以来の親友だ。ちょっと大人びた優しい雰囲気の美由希は、顔立ちの良さとは反対に引っ込み思案な性格のおかげで、同級生とはうまくコミュニケーションが取れていなかった。

 そんな美由希だけど、努力を惜しまない性格でもあったから、半ば強引に陸上部に誘って打倒北陵学園を合言葉に苦楽を共にしてきた。

 なのに、それが今では顔を合わすことも会話することも避ける関係になっている。この異変に、他のメンバーも気づいているみたいで、どこか微妙な空気がチームをずっと支配している感じだった。

「おつかれ」

 気まずい空気に飲み込まれていたところに、タイミングよく秀人がスポーツドリンクを手に現れた。

「バトンパス、やっぱりうまくいかないみたいだな」

 隣に腰をおろした秀人が、気にしていることをさらりと口にする。変に気をつかわれることを嫌う私の性格を知っているからこその秀人の直球に、私はスポーツドリンクを受け取りながら笑みをこぼした。

「試しにやったオーバーハンドはうまくいったんだけどね。でも、アンダーハンドになるとダメみたい」

「だったら、オーバーハンドでやったらいいんじゃないのか?」

「だめよ。そんな考えで勝てるほど、北陵は甘くないんだから」

 のんきな秀人の提案を、私はすぐに拒否した。リレーのバトンパスには、オーバーハンドパスとアンダーハンドパスの二つがあり、それぞれメリットデメリットがある。

 腕を後ろに高く上げてバトンを受け取るのがオーバーハンドで、バトンパスの確実性と距離を稼げるメリットがある。その反面、バトンを受け取る体勢が不安定なため、スタートダッシュが遅れるという致命的なデメリットは避けられない。

 その点、アンダーハンドパスは、その名の通り手のひらを腰の横で下に向けて受け取るから、距離が稼げない代わりにスピードを落とすことなくバトンをつなげられるというメリットがある。

 だから私は、アンダーハンドパスにこだわっている。バトンパスでのスタートダッシュの遅れは、たとえコンマ数秒の世界とはいっても取り返すのが難しくなる。北陵学園に実力でやっと僅差まで迫ることができたのに、バトンパスで負けるということは避けたかった。

「そうかなー、俺はそう思わないけど」

「ちょっと、どういう意味?」

 私の力説を、秀人が小さく鼻でため息をついて否定する。一瞬でむきになった私は、睨みながら秀人に噛みついた。

「リレーは四人で走るだろ? もちろんバトンパスも重要だけど、どの順番で走るかも重要だと思うけど」

「順番?」

「リレーではさ、最も距離を長く走ることになると言われる第二走者にエースを置いたりするだろ? まあ千夏たちの場合はエースをアンカーに置いてるけどな」

「それって、私がエースにもなれないと冷やかしてる?」

「そうじゃないさ。本来ならエースになるはずの千夏が、第二走者かアンカー走ってもおかしくはない。けど、先生がそうしなかったのもうなずけるってこと」

 私から目をそらした秀人が、真面目な横顔で話を続ける。たまにぐっとくることを言ってくれる幼なじみは、どうやら私をけなすのではなくなにかを伝えようとしているみたいだった。

「千夏が中学の夏の大会で四百メートルを走った時、俺、感動したよ。ライバルたちを最後のコーナーでごぼう抜きした時はさ、千夏と陸上やっててよかったと思ったよ」

「そうなんだ。ちょっと照れるけど、ありがと」

「だからさ、先生は考えたと思う。コーナーリングで失速しない千夏なら、たとえ北陵に遅れをとっていたとしても巻き返せるんじゃないかってね。だから、バトンパスが多少遅れても問題ない気がするし、チームが勝つということを選択するなら、オーバーハンドで美由希をサポートするのも全然ありだと思うけど」

 休憩は終わりとばかりに立ち上がった秀人が、一度だけ私に目を向ける。その瞳が、今の問題を解決するのは結局私自身だと言ってるようで、私はなにも言えずに秀人を見送るしかできなかった。