夏休み期間は、受験生となった私たちにとって休みの意味はなくなっていた。今日も朝早くから始まった補習は、きっちりと昼まで行われたせいで、私の脳は煙も出ないくらい燃え尽きていた。
「千夏ちゃん、大丈夫?」
机にうつ伏せた私に、終了と同時に美由希が声をかけてきた。
「美由希ちゃん、私、このままだと夏が終わる前におかしくなりそう」
下敷きをうちわ代わりに扇いでくる美由希に、壮大なため息をこぼす。そんな私に、美由希は優しい笑みを浮かべていた。
高校最後の大会で優勝した後、私と美由希はそれまでのことがなかったかのように、親友の関係に戻っていた。
といっても、実際は私一人が空回りしていただけだから、何事もなく受け入れてくれた美由希には感謝しかなかった。
「美由希、この干上がった物体はなんだ?」
ようやく立ち上がる気力がわいてきたところで、いつもの秀人の茶化す声が聞こえてくる。私と違って勉強ができる秀人には、補習で苦しむ私の辛さはわからないのだろう。
「あのね、好きで干上がってるんじゃないんだから。ちゃんと秀人がケアしないから、私が苦労しているんでしょ」
「おい、それはどういう意味だ?」
「秀人が私の脳にも理解できるくらいにちゃんと勉強を教えないのが悪いって言ってるの。私が大学に落ちたら、秀人のせいだからね」
「なんだよそれ。サルでもわかるレベルで教えてやってるのによ。なあ美由希、このままだと千夏でもわかるシリーズを作らないといけないみたいだな」
あきれたようにため息をつく秀人に、私はおもいっきりにらみをきかせる。そんなやりとりを、美由希は嬉しそうに眺めていた。
「そうだ、こうなったら受験対策の決起会をやろうよ」
既に勉強に疲れてやる気ゼロの私は、ここぞとばかりに息抜きを提案した。
「ったく、またかよ。決起会どころか、千夏のストレス発散だろ?」
「なに? なんか文句ある? あ、そうだ。せっかくだから勇也も誘ってみようよ」
秀人の愚痴を払いのけて、私は美由希に勇也を誘うように促した。勇也の名前にちょっと顔が赤くなった美由希は、少し考えた後勇也を迎えにいった。
「なあ、よかったのかよ?」
「なにが?」
「勇也のこと。千夏が美由希の後押ししたんだろ?」
いつの間にか真顔になっていた秀人が、少しだけ遠慮しながらも聞いてきた。
「まあね。それが正解と思ったから」
大会の後、私は美由希に勇也に告白するように後押しした。勇也と美由希が両想いだというのはわかっていたし、私のせいで美由希が踏み出せていないのもわかっていた。
だから私は、美由希に素直になるように伝えた。辛くなかったかというと、ちょっとだけ胸が痛かったのは事実だ。けど、私はそれ以上に大切なものに気づいていた。
「あ、そういえば、嶋田さん優勝したみたいだよ」
つい秀人に見とれて胸がざわついた私は、恥ずかしさをごまかすように、慌て話題を変えた。
「そうか、だったらよかったな」
「うん。嶋田さんのお母さんも嶋田さんの優勝する姿を見れたみたいで、本当によかったよ」
ニュースによると、別のレースに参加した嶋田さんは、ラインのみんなと結束して優勝を勝ち取ったらしい。本当なら、嶋田さんの後ろを走っていた選手が優勝してもおかしくなかったらしいけど、別のレースで嶋田さんにお世話になった恩返しにと、嶋田さんを勝たせるレースに徹したという。
あの日、不思議な偶然で出会った嶋田さん。
勝ちにこだわりながらも、最後は仲間との絆というチームプレイに大切なことを私に教えてくれた。
もし、嶋田さんに出会ってなかったら、今の私はなかったかもしれない。たぶん、自分の勝ちにこだわり続けて大切なものも見失っていただろう。
嶋田さんの優勝を素直に喜ぶ秀人に目を向ける。嶋田さんとの出会いによって、秀人の存在の意味を改めて感じることにもなった。
「秀人、ありがとね」
「あ? なにか言ったか?」
わざと小さい声で呟いた私に、秀人が眉をひそめる。私は知らないふりをしながら、高鳴る胸をさとられないように秀人の背中を叩いた。
「痛っ、って、なにすんだよ」
「ねえ、秀人、最後の夏を楽しもうよ」
まだ素直になりきれない私は、そう言うだけで精一杯だった。けど、秀人は小さくため息ついた後、「そうだな」と笑って返してくれた。
しばらくして、美由希と勇也が迎えに来た。その手がつながれてることに、秀人が口笛を吹きつつ茶化し始める。まだ恋人になったばかりの二人は、それだけで顔を赤くして焦り始めていた。
「まったく、子供なんだから」
二人をうらやましそうに眺めていた秀人にあきれつつも、私は思いきって秀人の手を握った。
「あ、え?」
私の突然の行動に戸惑う秀人。その姿におかしさを感じつつ、固まった秀人をおかまいなしに手をひいていく。
高校最後の夏は、もう少しだけ熱くなりそうな予感がした。
~了~
「千夏ちゃん、大丈夫?」
机にうつ伏せた私に、終了と同時に美由希が声をかけてきた。
「美由希ちゃん、私、このままだと夏が終わる前におかしくなりそう」
下敷きをうちわ代わりに扇いでくる美由希に、壮大なため息をこぼす。そんな私に、美由希は優しい笑みを浮かべていた。
高校最後の大会で優勝した後、私と美由希はそれまでのことがなかったかのように、親友の関係に戻っていた。
といっても、実際は私一人が空回りしていただけだから、何事もなく受け入れてくれた美由希には感謝しかなかった。
「美由希、この干上がった物体はなんだ?」
ようやく立ち上がる気力がわいてきたところで、いつもの秀人の茶化す声が聞こえてくる。私と違って勉強ができる秀人には、補習で苦しむ私の辛さはわからないのだろう。
「あのね、好きで干上がってるんじゃないんだから。ちゃんと秀人がケアしないから、私が苦労しているんでしょ」
「おい、それはどういう意味だ?」
「秀人が私の脳にも理解できるくらいにちゃんと勉強を教えないのが悪いって言ってるの。私が大学に落ちたら、秀人のせいだからね」
「なんだよそれ。サルでもわかるレベルで教えてやってるのによ。なあ美由希、このままだと千夏でもわかるシリーズを作らないといけないみたいだな」
あきれたようにため息をつく秀人に、私はおもいっきりにらみをきかせる。そんなやりとりを、美由希は嬉しそうに眺めていた。
「そうだ、こうなったら受験対策の決起会をやろうよ」
既に勉強に疲れてやる気ゼロの私は、ここぞとばかりに息抜きを提案した。
「ったく、またかよ。決起会どころか、千夏のストレス発散だろ?」
「なに? なんか文句ある? あ、そうだ。せっかくだから勇也も誘ってみようよ」
秀人の愚痴を払いのけて、私は美由希に勇也を誘うように促した。勇也の名前にちょっと顔が赤くなった美由希は、少し考えた後勇也を迎えにいった。
「なあ、よかったのかよ?」
「なにが?」
「勇也のこと。千夏が美由希の後押ししたんだろ?」
いつの間にか真顔になっていた秀人が、少しだけ遠慮しながらも聞いてきた。
「まあね。それが正解と思ったから」
大会の後、私は美由希に勇也に告白するように後押しした。勇也と美由希が両想いだというのはわかっていたし、私のせいで美由希が踏み出せていないのもわかっていた。
だから私は、美由希に素直になるように伝えた。辛くなかったかというと、ちょっとだけ胸が痛かったのは事実だ。けど、私はそれ以上に大切なものに気づいていた。
「あ、そういえば、嶋田さん優勝したみたいだよ」
つい秀人に見とれて胸がざわついた私は、恥ずかしさをごまかすように、慌て話題を変えた。
「そうか、だったらよかったな」
「うん。嶋田さんのお母さんも嶋田さんの優勝する姿を見れたみたいで、本当によかったよ」
ニュースによると、別のレースに参加した嶋田さんは、ラインのみんなと結束して優勝を勝ち取ったらしい。本当なら、嶋田さんの後ろを走っていた選手が優勝してもおかしくなかったらしいけど、別のレースで嶋田さんにお世話になった恩返しにと、嶋田さんを勝たせるレースに徹したという。
あの日、不思議な偶然で出会った嶋田さん。
勝ちにこだわりながらも、最後は仲間との絆というチームプレイに大切なことを私に教えてくれた。
もし、嶋田さんに出会ってなかったら、今の私はなかったかもしれない。たぶん、自分の勝ちにこだわり続けて大切なものも見失っていただろう。
嶋田さんの優勝を素直に喜ぶ秀人に目を向ける。嶋田さんとの出会いによって、秀人の存在の意味を改めて感じることにもなった。
「秀人、ありがとね」
「あ? なにか言ったか?」
わざと小さい声で呟いた私に、秀人が眉をひそめる。私は知らないふりをしながら、高鳴る胸をさとられないように秀人の背中を叩いた。
「痛っ、って、なにすんだよ」
「ねえ、秀人、最後の夏を楽しもうよ」
まだ素直になりきれない私は、そう言うだけで精一杯だった。けど、秀人は小さくため息ついた後、「そうだな」と笑って返してくれた。
しばらくして、美由希と勇也が迎えに来た。その手がつながれてることに、秀人が口笛を吹きつつ茶化し始める。まだ恋人になったばかりの二人は、それだけで顔を赤くして焦り始めていた。
「まったく、子供なんだから」
二人をうらやましそうに眺めていた秀人にあきれつつも、私は思いきって秀人の手を握った。
「あ、え?」
私の突然の行動に戸惑う秀人。その姿におかしさを感じつつ、固まった秀人をおかまいなしに手をひいていく。
高校最後の夏は、もう少しだけ熱くなりそうな予感がした。
~了~