「ああ、最上総合病院をこいつと盛り立てていく」
「そうなんですか」
「真由香は大我の女だろう」
「はい」
もう勝手に話をするな、しかも真由香さんはいつの間にか俺の彼女になっている状況にすかさず否定した。
「違うよ」
「おい、大我、女がそうだと言ってるのにそれは失礼だろう、なあ、真由香」
「大我先生は私に魅力を感じてくれないみたいで、私は大我先生の事を大好きって告白してるのに……」
「へえ、そうなんだ」
おいおい、二人で盛り上がってるんじゃねえよ。
「最上、違うからな、真由香さんは患者だ」
「ほお、患者が食事の支度したり、洗濯物取り込んだりするのか、しかもお前は自分のマンションに患者を泊まらせるのか」
「見ての通り、食事は出来てないし、洗濯物もこれじゃあ取り込んだとは言わない」
「ごめんなさい」
「大我、いい加減認めろよ、お前は真由香が好きなんだろう」
「いや、その、えっと……」
俺は最上に突っ込まれて誤魔化しきれずにいた。
「先生、ほんと?真由香の事好きなの?」
「患者として心配しているだけです」
「先生、素直じゃないんだから」
「本当だよな、真由香、こんな堅物やめて俺にしないか」
最上、何言ってる、どさくさに紛れて口説いてるんじゃねえよ。
「駄目だ、とにかく最上は帰れ」
「わかったよ、これからお楽しみか」
「違う、真由香さんとは寝室は別だ」
「そう剥きになるな、本当に大我は生真面目なんだからな」
「最上がいい加減すぎるんだろう」
最上は俺の言葉を無視して真由香さんに話しかけた。
「真由香はいくつだ」
「二十歳よ」
「おい、犯罪だぞ」
「バカ言え、未成年じゃないし、親の許可を得ている」
「へえ、家族ぐるみの付き合いか」
「だから違うと言ってるだろう」
「ほら、あんまり大我が違うって言うから、真由香が落ち込んだぞ、今晩ぎゅっと抱いてやれ」
「そ、そんなことはしない」
最上は「じゃあな、張りきれよ、大我、真由香を喜ばしてやれ」そう言ってマンションを後にした。
「全く最上はどうしてデリカシーがないんだ」
「でも最上先生は本音で話せる男性だよね」
「真由香さん、俺を好きだなんてその場の雰囲気で言わない方がいいと思うけど」
「大我先生、全然女心分かってないんだから……」
彼女の言っていることが俺には理解出来なかった。
真由香さんは家出同然で俺の元にやってきた。
なんで俺なのか分からなかったが、真由香さんのお父さんが心配しているだろうと思い、連絡をとった。
「最上総合病院の日下部大我と申します、先日お嬢様の真由香さんとお見合いをさせて頂きました、今、真由香さんは自分の元に身を寄せています、しばらくお見合いはしたくないと申しております、聞き入れて頂けるまで帰らないと真由香さんの意志は固いようなので、自分の元で預からせて頂けないでしょうか」
「すまん、娘が君を頼ったのには訳があるんだろう、わがままな娘だが、明るくて優しい気持ちは母親譲りだ、申し訳ないがよろしく頼むよ」
と言われて引き受けたが、扱いに相当困っている。
世間知らずのお嬢様は本当に何にも知らない、電化製品は全て使えなくなった。
「大我先生、ごめんなさい」
「大丈夫、明日、休みだから買いに行ってくるよ」
「明日、休みなの、私も一緒に連れて行って、お願い」
この「お願い」に俺は何も言えずに従うことしか出来なかった、それだけ真由香さんのこの言葉に弱い。
朝を迎えてキッチンで朝食を支度をしていると、真由香さんが起きてきた。
「大我先生、おはよう」
「おはようございます」
「凄い、これ全部先生が作ったの?」
真由香さんは、テーブルの料理を見て目を丸くした。
「はい」
俺は照れ笑いをしながら答えた。
「奥さんいらないね」
「ああ、だから結婚出来ないのかな」
俺は自分で納得してしまった、まっ、それだけの理由じゃないだろうが。
「いただきます」
真由香さんは満面の笑みで料理を頬張った。
「美味しい、先生すごいね、私は料理出来ないから先生と結婚したいな」
俺は彼女の言葉に恥ずかしくなって俯いた。
「大我先生、可愛い」
彼女の唇が俺の頬に触れた。
それは、何が起きたのか分からないあっという間の出来事だった。
俺の目の前でニッコリ微笑む彼女、俺はからかわれているのか。
これでも何人かと付き合ったことがあり、最後までの経験も何度かある。
三年くらいは全くご無沙汰だが、こんなに年下の女性は経験がない。
はっきり言ってどう対応すればいいか困惑しているのが正直な気持ちだ。
しかも真由香さんは好きな彼がいて、お見合いした時断ってほしいと言ってきた。
その後、彼に振られて体調が悪いから診察を希望してきた、でも病院ではなく俺のマンションにくると言って、住所を聞かれた。
お腹が空いたと食事を美味しそうに頬ばり、挙げ句の果ては俺のマンションに泊めてほしいと言い出した。
お父さんに見合いをしつこく勧められ好きでもない人と結婚は出来ないと訴えた。
なぜ俺を頼ったのか皆目見当がつかない、しかも俺を好きだと言い出した。
そしてたった今、頬にキスをされた。
えっ、これはキスじゃないのか、二十歳の子は挨拶で平気で唇を押し当ててくるものなのか。
しかも頻繁に俺を可愛いと言う、もう訳が分からない。
確か俺の聞き間違えじゃなければ、俺と結婚したいと言ったよな。
駄目だ、彼女の言葉を鵜呑みにするな、もう一人の俺が叫ぶ。
「先生、どうかしたの?」
「いや、どうもしない」
落ち着け、何を考えているんだ、俺は。
「電化製品買いに行くんでしょ、私着替えてくるね、先生、覗いちゃ駄目よ」
「そ、そんなことしない」
「大我先生、可愛い」
また、言った、可愛いと、なんなんだ一体。
でも、久しく忘れていた女性と接するドキドキ感が目覚めたのは事実だった。
そして真由香さんと買い物に出かけた。
電子レンジとフライパンと洗濯機だな。
「あら、大我、久しぶり、元気だった?」
そう俺に声をかけたのは、元彼女の山風孝子だった。
「孝子」
「買い物?そちらは新しい彼女さんかしら」
孝子は真由香さんを見た。
「始めまして、松本真由香二十歳です、大我先生の彼女です」
真由香さんは相変わらず俺の彼女を押し通した。
「やだ、随分と若いのね、大我大丈夫なの、騙されないでね」
孝子は憎まれ口を叩いた。
お前に言われたくないと俺が口を挟む前に真由香さんは孝子に向かって言葉を発した。
「大我先生を騙したりしません、私、大我先生が大好きですから」
はっきりと大きな声で孝子に向かって、真由香さんは俺に対しての愛の告白をした。
店の中には大勢の客がいて、真由香さんの声にざわざわし始めた。
「真由香さん、もう行くよ」
俺は真由香さんの手を掴んで、ちょっと小走りにその場を離れた。
駐車場まで行くと、真由香さんの呼吸の乱れに気づいた。
「大丈夫か」
俺が全く呼吸が乱れていないのに、十歳も若い真由香さんの呼吸が乱れるなんて、俺は嫌な予感がした。
「真由香さん、普段からちょっと走ると息苦しくなったりするんじゃないか」
「大丈夫、大我先生が急に走り出すから」
明らかに呼吸が乱れている。
「病院に行って検査しよう」
俺は病院へ向かった。
最上総合病院へ到着すると、すぐに検査を始めた。
真由香さんは入院を余儀なくされた。
「自覚症状があったんじゃないか」
俺は真由香さんに尋ねた。
「お見合いした時、大我先生は神かと思ったの、もしかして具合悪くなったら診察してもらおうって思って連絡先交換したの」
「そうだったんだ」
俺は血圧を測ったり、採血したり、検査の過程で話を聞いた。
「彼には私が好きな人が出来たって別れを告げたんだ、だって癌だったら迷惑しかないでしょ」
「そんなことはないと思うけど……」
「ある日呼吸がすごく苦しくなって、私このまま死んじゃうのかなって思ったら不安になって、一人でいるのが耐えられななくて、大我先生を頼ったの」
「そうだったんだ、初めからちゃんと話してくれたらよかったのに」
「だって、違うって、私の思い過ごしだって思いたかったんだもん」
真由香さんは涙を浮かべて、その涙は頬を伝わった。
「俺はヤブ医者だな、真由香さんのそんな不安に気づいてあげられなくて」
「そんなことないよ、先生は名医だよ、先生と一緒にいる時、全く症状が出なくて、やっぱり私の思い過ごしだって思えたんだもん」
「そう言うの名医って言わないんだよ、真由香さんの病気に気づけないんだから、医者失格だ」
そして真由香さんは検査検査の毎日を送ることとなった。
検査の結果、気管腫瘍が見つかり、外科に移り、手術を受けることになった。
私は松本真由香、父の願いでお見合いをすることに、そのお見合い相手が日下部大我先生だった。
しばらく前から体調が優れず、不安な毎日を送っていた。
当時付き合っていた彼には私から別れを告げた。
一人になると余計に不安が大きくなり、私は大我先生を頼った。
側にいてほしかった、先生が側にいてくれたなら、万が一の時心配はないと思っていた。
一緒に時を過ごすうちに、どんどん大我先生に惹かれていく自分に気づき始めた。