こうして僕らは、三週間後に迫った合唱祭に向けて毎日のように練習していたが、この頃から航を含めた男子六人が練習をサボるようになっていた。

 理樹や孝彦は問題児だが、こういうイベントには熱い男だった。だけど、航は理樹のような熱があるようなタイプではない。全ての物事に対して、身が入っていないような性格だった。

 実行委員の光輝が、放課後に航達が帰ろうとした時に一度声をかけた。その時も、みんな用事があると帰ってしまった。その日の僕らの練習が終わり、一人のクラスメイトが下校中、学校の近くのサッカー場で、用事があると言っていた六人全員が遊んでいるのを発見した。そこで彼らが練習をサボっているということが発覚したのだ。

 今まで「怒られないように」という感情に生徒達は突き動かされ、結果として練習をサボったり、授業を休んだりすることはなかった。今でも石神が見張っている授業では、生徒達は私語をせず、真面目に取り組んでいる。だが、合唱祭の練習に石神は全く関わっていない。そのため、生徒達のサボりや弛みが目立ってきている。

 だが、この合唱祭のイベントは当然強制ではない。高学年の生徒だけが、放課後残って練習することが許可されている。そのため音楽室を使える日は、朝と昼休みが下級生に割り振られ、僕らは放課後に限定されてしまっている。そうなると彼らが帰って遊びたい気持ちはわからなくはない。だからこそクラスメイトとして自主的に参加してもらいたかった。

 僕は光輝と葉月に相談し、今日の放課後の練習を休む事を伝えた。

「航、今日どっかで遊ばない?」
「指揮者がサボるのかよ」
「たまにはいいだろ」
 僕は敵意がないように言った。
「いいぜ」

 そう言って航たちと遊ぶ約束をした。練習がない日に遊んでもよかったが、一緒に練習を休むことで、航達との距離を縮めようという作戦だった。

 その事を昼休みに拓哉にも相談した。正直航とはあまり仲良くない。拓哉なら航の性格を詳しく知っているだろう。

「拓哉、航を練習に来させるにはどうしたらいいと思う?」
「やっぱ航、放課後サボってんだ」
「そうなんだよ。なんとか参加してもらえないか放課後交渉しにいくんだけど…」
 すると拓哉は眉間に皺を寄せ、航のことを語ってくれた。
「航は難しいと思うよ。イーグルで一緒だけど、俺もあんまり仲良くはないんだ。試合に負けた時も、機嫌悪くなるし、団体で何かをする事に向いてないんだよ」
 はっきりと拓哉はそう言った。

 夏休み明け、五人で石神に怒られに行った。最初航のことは、拓哉が誘ったのかと思ったのだが、拓哉が計画を航に話した時に自分から立候補したとのことだった。それだけ航は石神を嫌っていたのだろう。

「いやでも、もう三週間後だよ。少しなら協力してくれると思うけど」
「じゃ、俺も行くよ」

 こうして拓哉も放課後練習を一日だけサボった。クラスから人気のある拓哉の株を下げるのは申し訳なく思ったが、正直一緒に来てもらいたいと思っていたため安心した。


「おーい、航」
「お、拓哉もきたの?」
 僕らは航たちの家の近くにある、サッカー場に集合した。このグラウンドは、土日にイーグルが使用している場所で、自由に使っても大丈夫だと拓哉も航も言っていた。
「今日は何するの?」
「もちろんサッカー!」

 航以外の練習をサボっている子達も、そのグラウンドにやってきた。練習に来ていない六人と、僕と拓哉で今日は八人が集まった。
「今日は二人もキーパーいるじゃん。まなとキーパーでいいでしょ?」
 航が勝手にチームを決めているが、僕はそれを了承した。
「晃、お前もキーパーな」

 毎回放課後の練習をサボるのは六人だ。その中には、学級委員の晃の姿もあった。航が遊んでいると報告が入った時に、六人全員の名前も聞いていた。だが、今日ここに来るまで、晃が航達とサボっているのを信じてはいなかった。

 僕らは二つのチームに分かれて試合をした。最近では、合唱祭の練習で運動はあまりしていなかったので、目的を忘れ、正直すごく楽しんでしまっていた。球技は大人の僕でもそれなりに楽しかった。確かに放課後こうやって遊んでいたい航の気持ちはすごくわかる。

 一時間ほどぶっ続けでサッカーをし、隅にあるベンチで休憩をとった。
「晃、キーパー上手だね」
「そんなことないよ」
 晃は謙遜しているが、今の試合で失点をしていなかった。
「イーグル誘ってるのに晃、入らねんだよ」
 航がそういうと、晃も飲んでいたペットボトルをベンチに置き、航に返答した。
「だってもう僕たち卒業だよ。今からじゃ間に合わないよ」
「中学はみんな一緒だから、晃もサッカー部な」
 航はそう言って、晃の肩にのし掛かる。だが晃は返事をしなかった。

 拓哉と目を合わせ、僕は本題に入る。
「みんな、放課後は合唱祭の練習出る気ないの?」
 航と一緒にいる子は、痛いところをつかれたと、目を逸らした。
 晃が何かを口にしようとした時、それを遮って航が口を開いた。
「うーん、練習そんなに必要?石神も見張ってねーし、サッカーの方が楽しいじゃん」
 確かにそう思う気持ちはわかる。
「それに、もう優勝したでしょあれなら。最初に合わせた時も完璧だったし、林先生もほめてたじゃん」

 教師の僕が見ても、完成度は高かった。だけど、練習云々というよりも、彼らが来ないことによって、毎回クラスの雰囲気が良くないことの方が問題だった。
『なんで彼らは休んでいるんだ。私たちは頑張っているのに』ということを内心思っている子もいるかもしれない。

「お前ら、クラスで文句言われてるぞ」
 すると、拓哉が横から言った。
「え、まじ?それは嫌だな。まあ、なるべく出るようにするよ」
 意外とあっさり引き受けた。

 その後僕らはもう一度サッカーをした。晃はまたキーパーをやっていて、何度もシュートを止めていた。僕も拓哉に褒められることはあったが、晃を見て愕然とした。長身の体格を活かして柔軟に動いている。才能とはこのことを言うんだと思ってしまう。

 ただ、なんとなくだけど、そこには変な感じがあった。違和感というか、なんというか。

 日が落ち、ボールが見えなくなった頃に、僕らは解散した。

「意外と聞き分けあるじゃん」
「いや、あいつは適当だから、わかんないよ」
 僕もそう思った。言ってしまっては悪いが、空返事でこの場をやり過ごそうとしている様子だった。他の生徒も、そんな航の態度に賛同している。
「あのさ、もしかしてなんだけど…」
 拓哉は言いかけた。
「いや、なんでもない。明日は放課後練習あるし、航たちが帰らないように見張ってよーぜ」

 その時の拓哉は、新学期の始まる前のホームセンターで別れた時と同じ顔をしていた。