教室に戻ると、クラスのみんなが心配して待っていてくれた。拓哉達は、先ほど呼び出された時に起こった出来事をクラスのみんなに嬉しそうに話している。
「まなとすごいんだよ。あの石神に立ち向かってさ。俺ら何も怒られなかったよ。本当にあいつは弱いものいじめだったんだ」
理樹はクラス中に大声で伝える。クラスのみんなも、笑顔が溢れ、勇気を持ってくれたように見える。
僕が石神を否定した理由は言うまでもない。人が死ぬからだ。将来生徒が死ぬ。だからこのやり方は間違っている。単純だった。
だが、今日の石神は明らかにいつもと違った。生徒の前で煙草を吸うのも、僕を見て笑っているのも、今まで見たことがない。
一体石神は何を考えているのだろう。
「まなと、まなと」
「う、うん?」
拓哉を含めたクラスが、僕の方を見ている。
「これから、俺らも頑張るよ」
全員の目が希望に溢れている。新学期に教室に入った時とは違う色の目をしていた。
「そうだね…」
さっきの石神の態度に戸惑ったが、僕の中ですべきことは変わらなかった。
その後は、石神に反発する生徒が増え、教室は徐々に明るくなっていった。
それに相反するように、石神はほとんどクラスに口を出すことは無くなった。
なんの冗談かわからなかったが、今では怒られている生徒はほとんどいない。生徒達も元々、そこまで怒られるようなことをしていないし、本来の小学校の形に戻っていった。
最初の計画だった「石神を辞職させる」ことはできないかもしれない。現に反発する生徒が増えたが、石神は学校を休まずに来ている。
何を考えているのかわからなかった。一学期とは打って変わり、怒鳴り声をほとんど聞いていない。この石神の変化は何を表しているのだろう。
もう一つ、気になることがあった。なぜ美来は石神を肯定しているのだろう。
怖いのが必要だと言い、生徒が大人じゃないと言い切った。それに優香がいじめられる未来を予知した。
もしかしたら美来は…
そんなはずないと思ったが、愚行が頭を掠めていった。
ここ数週間、そんな美来についてずっと考えていた。
今日は体育でバスケットボールが行われたが、楽しむことができなかった。
もう一度人生をやり直している僕は、当然一回目の六年生の頃よりも、バスケットボールが上手くなっていた。この後の人生で経験した多くの記憶は、僕の中にそのまま残っている。筋力や身長は小学生のものだが、判断やボールの扱いは、未来の僕のままである。
そうなると、クラスメイトにちやほやされるのは必然だった。女の子は、自分達が休憩している時に、僕に向かって黄色い声援で応援してくれる。まあ、小学生に騒がれても、そう言った気持ちにはならないのだけど。
この時も、石神と美来のことが頭の中で蠢いていた。
「先生、足痛いんで見学します」
ステージの端に座っている石神に伝えた。こちらに振り向くことも、返事をすることもなく、ただ、生徒たちのプレーを遠目から見ている。
そのまま、反対のステージの端へ向かう。
そこには美来が先に座っていた。美来と少し話がしたくて、見学をしたのだ。
「サボりですか」
今回は僕から話しかけた。
「愛斗君…」
美来はいつもより元気がなかった。
「あ、ごめんね、もしかして本当に体調悪い?」
「ううん、サボりだよ」
笑顔をこちらに向ける。
美来には一つ聞きたいことがあった。それは、美来が石神をどう思っているかということだ。
これまで美来は、石神を肯定しているような素振りをすることがあった。なぜ小学生の彼女が石神を肯定するのだろうか。僕はその真意を知りたかった。
「美来は石神先生のことどう思う」
すると、予想していたこととは別のことを口にした。
「初めて美来って呼んでくれたね」
笑顔をこちらに向けている。そうだったか。あんまり気にしたことがなかった。
「そうだったっけ」
「いつもは美来さんって言うでしょ」
教師だった頃、どの生徒に対しても敬称で呼んでいた。生徒達に違いを生み出すのはあまり良いことではないと思ったからだ。
最初に美来に話しかけた時、彼女を友達というより、一人の生徒として見ていた。拓哉や理樹は、あの頃から友達だったが、美来は二度目の六年生から仲良くなった。気恥ずかしいことだが、今は美来のことを友達として見ているのかもしれない。
「ましだと思う」
唐突に美来は言った。
「まし?」
「うん、石神先生はましだと思うよ」
「まし」と言うからには、対象があるのだろうか。誰と比較しているのかはわからなかった。
「誰に比べてましなの?」
「この学校の先生」
美来は真剣な眼差しで言った。
生徒を泣かせて、嫌われている先生がまし。生徒を二人も殺す先生がまし。どこを比べているのかわからない。
「じゃ、石神先生はどこが他の先生と比べて優ってるの?」
石神にあって、他の教師にないものを知りたかった。
美来は深く考え、何かを思い出すように言った。
「見えないことを自覚している所」
ああ、それは僕にも心当たりがあった。
「まなとすごいんだよ。あの石神に立ち向かってさ。俺ら何も怒られなかったよ。本当にあいつは弱いものいじめだったんだ」
理樹はクラス中に大声で伝える。クラスのみんなも、笑顔が溢れ、勇気を持ってくれたように見える。
僕が石神を否定した理由は言うまでもない。人が死ぬからだ。将来生徒が死ぬ。だからこのやり方は間違っている。単純だった。
だが、今日の石神は明らかにいつもと違った。生徒の前で煙草を吸うのも、僕を見て笑っているのも、今まで見たことがない。
一体石神は何を考えているのだろう。
「まなと、まなと」
「う、うん?」
拓哉を含めたクラスが、僕の方を見ている。
「これから、俺らも頑張るよ」
全員の目が希望に溢れている。新学期に教室に入った時とは違う色の目をしていた。
「そうだね…」
さっきの石神の態度に戸惑ったが、僕の中ですべきことは変わらなかった。
その後は、石神に反発する生徒が増え、教室は徐々に明るくなっていった。
それに相反するように、石神はほとんどクラスに口を出すことは無くなった。
なんの冗談かわからなかったが、今では怒られている生徒はほとんどいない。生徒達も元々、そこまで怒られるようなことをしていないし、本来の小学校の形に戻っていった。
最初の計画だった「石神を辞職させる」ことはできないかもしれない。現に反発する生徒が増えたが、石神は学校を休まずに来ている。
何を考えているのかわからなかった。一学期とは打って変わり、怒鳴り声をほとんど聞いていない。この石神の変化は何を表しているのだろう。
もう一つ、気になることがあった。なぜ美来は石神を肯定しているのだろう。
怖いのが必要だと言い、生徒が大人じゃないと言い切った。それに優香がいじめられる未来を予知した。
もしかしたら美来は…
そんなはずないと思ったが、愚行が頭を掠めていった。
ここ数週間、そんな美来についてずっと考えていた。
今日は体育でバスケットボールが行われたが、楽しむことができなかった。
もう一度人生をやり直している僕は、当然一回目の六年生の頃よりも、バスケットボールが上手くなっていた。この後の人生で経験した多くの記憶は、僕の中にそのまま残っている。筋力や身長は小学生のものだが、判断やボールの扱いは、未来の僕のままである。
そうなると、クラスメイトにちやほやされるのは必然だった。女の子は、自分達が休憩している時に、僕に向かって黄色い声援で応援してくれる。まあ、小学生に騒がれても、そう言った気持ちにはならないのだけど。
この時も、石神と美来のことが頭の中で蠢いていた。
「先生、足痛いんで見学します」
ステージの端に座っている石神に伝えた。こちらに振り向くことも、返事をすることもなく、ただ、生徒たちのプレーを遠目から見ている。
そのまま、反対のステージの端へ向かう。
そこには美来が先に座っていた。美来と少し話がしたくて、見学をしたのだ。
「サボりですか」
今回は僕から話しかけた。
「愛斗君…」
美来はいつもより元気がなかった。
「あ、ごめんね、もしかして本当に体調悪い?」
「ううん、サボりだよ」
笑顔をこちらに向ける。
美来には一つ聞きたいことがあった。それは、美来が石神をどう思っているかということだ。
これまで美来は、石神を肯定しているような素振りをすることがあった。なぜ小学生の彼女が石神を肯定するのだろうか。僕はその真意を知りたかった。
「美来は石神先生のことどう思う」
すると、予想していたこととは別のことを口にした。
「初めて美来って呼んでくれたね」
笑顔をこちらに向けている。そうだったか。あんまり気にしたことがなかった。
「そうだったっけ」
「いつもは美来さんって言うでしょ」
教師だった頃、どの生徒に対しても敬称で呼んでいた。生徒達に違いを生み出すのはあまり良いことではないと思ったからだ。
最初に美来に話しかけた時、彼女を友達というより、一人の生徒として見ていた。拓哉や理樹は、あの頃から友達だったが、美来は二度目の六年生から仲良くなった。気恥ずかしいことだが、今は美来のことを友達として見ているのかもしれない。
「ましだと思う」
唐突に美来は言った。
「まし?」
「うん、石神先生はましだと思うよ」
「まし」と言うからには、対象があるのだろうか。誰と比較しているのかはわからなかった。
「誰に比べてましなの?」
「この学校の先生」
美来は真剣な眼差しで言った。
生徒を泣かせて、嫌われている先生がまし。生徒を二人も殺す先生がまし。どこを比べているのかわからない。
「じゃ、石神先生はどこが他の先生と比べて優ってるの?」
石神にあって、他の教師にないものを知りたかった。
美来は深く考え、何かを思い出すように言った。
「見えないことを自覚している所」
ああ、それは僕にも心当たりがあった。