転生賢者のやり直し~俺だけ使える規格外魔法で二度目の人生を無双する~

 15歳になった。

 あれから、毎日欠かさずトレーニングをして……
 自己研鑽に励んできた。

 それでも、この時代の魔法技術の全てを会得したわけじゃない。
 完全なマスターには程遠い。

 なので、当初の予定通り、エレニウム魔法学院の門を叩いた。

 とはいえ、誰でも入学できるわけじゃない。
 試験に合格しないといけないので、その会場を訪ねた。

「ここが訓練場か……かなり広いな」

 試験は、エレニウム魔法学院が持つ複数の訓練場の一つで行われる。

 試験会場となる訓練場は最大規模の広さを誇るらしく、小さな村ならすっぽりと入ってしまいそうだ。
 訓練場の端に、大きな倉庫が三つ、横に並んでいる。
 きっと、武具などが収められているのだろう。

 そんな訓練場には、数百人ほどの受験者が集まっていた。
 全員がライバル。
 まだ試験は始まっていないものの、ピリピリとした雰囲気だ。

 さらに、後方に学院生と見られる女子達がたくさん。
 今年の新入生候補はどんなものなのか?
 興味を持っているらしく、毎年、一定数の見学者がやってくるという。

 そんな中、俺は……

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。ここにいる人、みんな、受験生なんですね。たくさんいますね」
「そうだな」
「これだけの中から、合格者は数十人くらい……中途入学って、大変なんですね」
「基本、エレニウム魔法学院は階段式で、中途入学は少ないらしいからな」
「お兄ちゃんは……合格できますか?」
「もちろん」

 自信はある。
 そのために、今まで研鑽を重ねてきたんだ。

 ちなみに、エリゼとアラムは、すでにエレニウム魔法学院の生徒だ。

 初等部、中等部、高等部の三つに分かれているのだけど……
 エリゼは中等部の二年。
 アラムは高等部の三年だ。

 二人は元々ここの生徒で、初等部の頃から通っていた。
 寮ではなくて家から通っているため、離れ離れになったという感覚はない。

 ただ……

 合格した場合、俺は寮を選択するつもりだ。
 その方が色々とやりやすい。
 そうなると、エリゼとは離れ離れになってしまうな。

 それは、少し寂しい気がした。

「ところで、授業はいいのか?」
「今日はお休みですよ。編入生の試験の日は、みんなそわそわしてしまうので、授業にならないんです。なので、お休みになりました」
「わりと適当だな」

 まあ……

 試験は、基本的に教師が監督するものだ。
 これだけの規模の試験となると、通常通り授業なんてできないのだろう。

「ピー!」

 俺の肩に止まるニーアが、応援するかのように高く鳴いた。

 ニーアを連れてくるつもりはなかったのだけど……
 気がついたらすぐ近くにいて、ここにいて当たり前、というような感じで肩に止まっていたんだよな。

 まったく気配を感じなかったのだけど……
 この鳥、なんだろう?

 あれから色々と調べてみたものの、図鑑に載ってない種類で……
 貴重な種類だろう、という推測しかできていない。

 まあ、悪いヤツじゃなさそうだから、いいけどな。
 一緒にいると落ち着く。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

 くいくい、とエリゼが俺の服を引っ張る。

「こんなにたくさんの受験生がいるんですね、ドキドキしてきました」
「なんでエリゼが緊張するんだ?」
「もしもお兄ちゃんが……って考えると、緊張してしまいます……」
「大丈夫だよ」

 ポンポンとエリゼの頭を撫でる。

「俺は合格するよ」
「絶対ですか?」
「絶対だ」
「絶対の絶対に?」
「絶対の絶対だ」
「なら……約束してください」

 エリゼは小さな小指を差し出してきた。

「これは?」
「指切り、っていう東方に伝わる約束のおまじないですよ。これをしたら、絶対に守らないとダメなんです。もしも破ったら、えっと……針を喉に刺す、だったかな?」
「拷問か……?」

 恐ろしいまじないがあったものだ。

「じゃあ……ゆびきりげんまん、うそついたらはりさーす、ゆびきった!」

 おまじないを終えると、エリゼは、どことなく満足そうにふにゃりと笑う。
 その笑みは、俺に対する信頼の証だろう。

 それを裏切らないように、絶対に合格しないといけないな。

「お兄ちゃん、絶対に合格してくださいね!」
「……エリゼ、無茶を言ってはいけないわ」

 どこで話を聞いていたのか、アラムが現れた。
 アラムも試験を見に来ていたらしい。
 エリゼと同じく、エレニウム魔法学院の制服に身を包んでいる。

 膝丈のスカートに胸元のリボンが特徴的な制服だ。
 エリゼが着ているところを見ると、とてもかわいいと思う。
 アラムも、綺麗だとは思う。

 ただ……

「男がエレニウム魔法学院の試験に合格するなんて、ありえない話よ」

 中身はまったくの別物だ。
 エリゼが野原に咲く綺麗な花なら、アラムは雑木林の奥に咲く食虫植物といったところか?

 とにかく目がきつく、ほぼほぼ俺を睨みつけている。

「なにかのまぐれでレンは魔法を使えるみたいだけど……所詮、まぐれよ。エレニウム魔法学院に入学できるはずがないわ。奇跡が続くと思わないことね」
「お姉ちゃん……意地悪言わないでほしいです」
「私は事実を言ったまでよ?」
「でもでも、お兄ちゃんはすごい魔法を使えますよ? あんな魔法が使えるなら、絶対に合格できます!」
「あれは……なにかの間違いよ。男のレンに、あんなことができるわけがないわ。あるいは、トリックなのかもしれない。そう、そういうことに違いないわ……お父様とお母様にいいところを見せようと、あのような小細工をするなんて……ずる賢いヤツね」

 どうやら、以前の試合は、なにかのトリックだと思われたらしい。
 
 試合だけじゃなくて、ダンジョンでも魔法を見せたはずなんだけどな……
 アラムの中では、自分に都合の悪いことは、良い具合に書き換えられるらしい。

「うぅ……お兄ちゃんもお姉ちゃんも、仲良くしてほしいです……」
「あ、えっと……」

 エリゼが泣きそうな顔をして、アラムが焦った顔に。
 妹には弱いらしい。

「……まあ、試験を受けるのは自由よ。ほら、受付をしてきたら?」

 おもしろくなさそうな顔をしつつも、アラムは素直に案内をしてくれた。
 見学をする生徒は、試験の手伝いをしないといけないらしい。

「はい、そうですね」

 アラムに言われるまま、受付へ。

 男だということで驚かれていたけど……
 父さんと母さんが書いてくれた推薦状を見せると納得してくれた。

「よし」

 受付完了。
 これで、あとは試験開始を待つだけだ。

「お兄ちゃん、がんばってくださいね。私、がんばって応援します!」
「ふん……まあ、ストライン家に恥をかかせないようにしてちょうだい」
「もう、お姉ちゃん……」

 アラムが憎まれ口を叩いて、エリゼが困った顔になる。

 うーん。

 なんだかんだ、アラムは姉だ。
 家族なのだから、仲良くしたいと思う。

 とてもひねくれているが、でも、悪人というわけじゃない。
 なぜか知らないけど、女尊男卑の傾向が強く……
 俺に対する当たりがきつい。

 昔はこんなんじゃなかったと思うんだけど……

「おや? アラム様ではありませんか」

 なにやら金髪の女性がアラムに話しかけてきた。
 制服を着ているところを見ると、アラムの同級生なのだろう。

「あら、あなたなのね。どうしたの、こんなところで?」
「それは私のセリフですよ。アラム様が受験生に興味を持っているなんて、初耳です」
「まあ……弟が試験を受けるから」
「弟?」

 女性は目を大きくして……
 そして、ようやく俺の存在に気がついたらしく、視線がこちらへ移動する。

「ふむ……君がアラム様の弟か」
「あなたは?」
「私は、アラム様の親友のミリア・フォールアウトだ」

 フォールアウト家……確か、ウチと親交のある貴族だったか。
 それなりに有名なところだと聞く。

「君も試験を受けるのか?」
「それがなにか?」
「やめておきたまえ。男は魔法を使えない。魔法を使えない以上、君は試験に合格することは絶対にない。時間の無駄になるだけだ」

 言葉はやや乱暴だけど……
 見合いの言葉に嫌味らしさは感じられない。
 たぶん、俺のことを考えて忠告してくれているのだろう。

 ただ、そんな忠告を聞き入れることはできない。

「だとしても、俺は試験を受けますよ。世の中に『絶対』なんてないので」
「ふむ」

 ミリアは考えるような仕草をとり……

「なるほど。意思が強いのだな。うむ。君はいい人のようだな。男にしておくのが惜しいくらいだ。それに、かわいい……はぁはぁ」

 惜しい、と言われても……
 まさか、女になれ、とか言わないよな?

 というか、なんで吐息を荒げている?
 不審者みたいで、ちょっと怖いぞ。

「しかし、魔法を使えないのに、どうやって試験に合格するつもりなんだい?」
「俺は魔法を使えるんだ」
「ほう。こんな時でもハッタリを言うことができるか。その度胸は大したものだね、はっはっは」

 この人……悪い人ではないが、人の話を聞かないタイプと見た。

「ふむ……しかし、このままでは心を折られ、傷つくだけだろう。それを見過ごすのはどうしたものか。そうだな……アラム様。弟君に教育をしても?」
「ええ、好きにしてちょうだい」
「かしこまりました」

 なんの話だろう?
 不思議に思っていると、ミリアが自信たっぷりに告げてくる。

「レンと言ったね? 君に勝負を挑もう」
「勝負?」

 突然、この女はなにを言い出すんだろう?
 俺は試験を受けに来たのであって、乱闘を起こすつもりはない。

「いくつかテストがあるが……最初の試験は、試験官との決闘なのだよ。負けた方はその時点で失格。わかりやすく数を減らすわけだな」
「なるほど」
「本来ならば試験官は教師が務めるが、私が代わりをすることも可能だ。どうだい? 私と戦わないか?」
「なんで、そんなことを?」
「私が君を教育をしよう。現実を見せないと、君の目が覚めることはなさそうだからね。恨んでも構わないよ」

 かなわない夢なら諦めさせた方がいい、っていう考えなのだろう。

 やっぱり、悪い人ではなさそうだけど……
 でも、それは余計なお世話というものだ。

「お断りします」
「ふむ。しっかりとした態度だ……好ましいな。それに、やはりかわいい……はぁはぁ。それ故に残念だ。ここでキミの夢を断たないといけないことが」

 この人、本当に人の話を聞かないな。

「あ、あのっ……!」

 エリゼが割って入る。

「えと、その……お兄ちゃんはホントに魔法を使えますよ?」
「これはこれは、エリゼ様。お久しぶりです」
「え? えっと……す、すみません。誰ですか?」
「ぐっ」

 無自覚な言葉の刃がミリアの自尊心を傷つけた。
 エリゼって、時々、天然でこんなことをするから恐ろしい……

「お兄ちゃんはすごいんです。いつも私を守ってくれて、助けてくれて……男とかそういうの関係なしに強いんですから。お兄ちゃんなら、決闘なんて楽勝です! ね、お兄ちゃん?」
「え? そんなことを言われても……」
「私、お兄ちゃんのかっこいいところが見たいです……ダメですか?」
「あー……わかった、やるよ」

 妹にそんなことを言われて、断る兄なんていない。

「えっと……つまり、どういうことなのだ?」
「勝負の話だけど、やっぱり受けますよ。あなたと戦います」
「うむ、いい覚悟だ。君はまっすぐとした心を持つ、とても良い男みたいだな。良き勝負をしよう」

 握手を交わす。
 ついでに視線も交わす。

 ミリアはやる気たっぷりで、不敵な笑みを浮かべていた。
 こちらも、負けるつもりはないと笑ってみせた。

「では、勝負を楽しみにしているよ。はっはっは」

 ミリアは朗らかに笑いつつ、この場を去った。

「……あの、お兄ちゃん」

 ふと気づくと、エリゼが申しわけなさそうな顔をしていた。

「あう……私、よけいなことを言っちゃいましたか? お兄ちゃんのかっこいいところが見たいから、つい……」
「余計なことなんかじゃないさ。期待しててくれ」
「それって……」
「かっこいいところ、見せるよ」
「はいっ。がんばってくださいね、お兄ちゃん!」



――――――――――



 その後、第一の試験が開始された。

「ミリア・フォールアウト! レン・ストライン! 前へ」

 審判に呼ばれ、広場の中央に移動する。
 観客席が設けられていて、たくさんの生徒がいた。

「へえ、あれがフォールアウト家の……」
「なるほど、いい顔をしていますね」
「それに比べて、なにかしら? あの子供は? 男よね?」
「男なのに、どうしてここに? でも、けっこうかわいいわね」

 さすがというべきか、ミリアの注目度は抜群らしい。
 対する俺は微妙な感じだ。
 誰もが皆、なんだあの男は? という感じで首を傾げている。

「お兄ちゃんっ、がんばってください!」

 一人、空気を読まないエリゼが元気に応援をしてくれた。

「あら、あれはエリゼ様じゃない?」
「本当だね……なんで、あの男を応援しているのかな?」
「もしかして、エリゼさんの想い人!?」
「「「きゃーっ!」」」

 なにやら盛大な勘違いをされている。

 それにしても、エリゼはけっこう有名人なんだな。
 家の力か、はたまた本人の性格によるものか……
 後者であるとうれしい。

「って、お兄ちゃんって言ってたわよね?」
「ということは……想い人じゃなくて、ストライン家の長男?」
「でも……男よね? なんで男がここに?」

 なんで? と観客達が揃って首を傾げた。
 今の世の中、俺がここにいることがおかしいことになっている。

 よし。
 その前提、今から覆してみせるか。

「お兄ちゃんっ! がんばってくださーーーいっ!!!」

 エリゼは応援を続けてくれている。
 負けるわけにはいかないな、とやる気に。

「さて、これから私と君は戦うわけだが……」

 ミリアが余裕たっぷりに言う。

「怪我をしても恨まないでほしい。手加減はするが、絶対に怪我をしない、とは言い切れないからね」
「その心配は不要です。怪我をするとしたら、それはあなたの方ですから」
「ほう……この私が負けるとでも?」
「勝負はやるまでわからないでしょう?」
「ふふ、それもそうだな。しかし、その夢がキミの心を押しつぶすかもしれない……悪いが、本気でいかせてもらうよ」
「ミリア、手加減はいらないわ。叩きのめしてやってちょうだい」
「アラム様もああ言っていることだ。覚悟してもらおうか」

 ミリアが訓練用の杖を構えた。
 俺も杖を持つ。

「双方、準備はいいな?」

 審判の問いかけに、俺とミリアは同時に頷いた。
 それを見た審判が手を上げる。

「では、これより第一の試験を始める……両者、構え」

 睨み合い、

「始め!」

 審判の合図と共に、ミリアが魔法を放つ。

「火炎槍<ファイアランス>!」

 炎の槍が獣のように襲いかかってくるが……
 遅い。
 魔力も練り込まれていないらしく、大きさもさほどではない。

 でも、相手は魔法学院の生徒だ。
 これが本命ということはないだろう。
 おそらく、ただの牽制。
 俺が避けたところに本命の一撃を叩き込む……そんな感じだろう。

 そう判断した俺は、あえて避けないことにした。

 手の平に魔力を集中。
 それを盾のようにして使い、炎の槍を弾いた。

「なっ!?」

 さあ、本命はどんな魔法を使う?
 俺は最大限に警戒して……

「ま、まさか魔法を手で弾いてしまうなんて……どのような手品かわからないが、やるね」

 なぜかミリアは退いてしまう。

 どうしたんだ?

 今のは牽制の一撃で、次撃に繋げるためのものだろう?
 次に繋げず退いてしまうなんて……
 というか、魔法を弾くなんて、わりと当たり前の戦術なのだけど……

 もしかして……と、思う。

 とある可能性を思いついた俺は、こちらから撃って出る。

「はぁ!」

 突撃して、上段から杖をまっすぐ振り下ろした。
 当然、ガードされる。
 でも、それは予想済だ。

 ミリアの杖に沿うように、こちらの杖を斜めに滑らせた。
 そのままの勢いで、ミリアの手を打つ。

「ぐあっ!?」
「風嵐槍<ウインドランス>!」

 続けて、威力を調整して空気の塊を圧縮させた不可視の槍を生成した。
 射出。
 ミリアの腹部にクリーンヒット。

 ミリアが悲鳴をあげたような気がするが……
 すぐに遠くへ飛ばされたので、よく聞こえない。

 それにしても……

 こんなに簡単に、こちらの攻撃がヒットするなんて。
 魔法が衰退していることは知っていたが、もしかして、戦術も衰退しているのではないか?

「……」

 突然のことに驚いている様子で、審判が唖然としていた。
 ややあって我に返り、俺の勝利を告げる。

「えっ、ウソ!? あの人、勝っちゃったよ……」
「す、すごいわね……男なのに魔法が使えるんだ」
「それに今の魔法の威力、すごくない……?」
「うん、すごかった……それに、けっこうかっこいいかも。アリね」
「うんうん。おもいきりアリね」

 観客達があれこれと話を中、

「やったーーー!!! さすが、お兄ちゃんです! お兄ちゃん、かっこいいですっ!」

 エリゼが目をキラキラ輝かせながら、俺の勝利を喜んでいた。

「お兄ちゃんなら、絶対に勝つって信じていました♪」
「ありがとう、エリゼ」
「えへへ」

 うれしそうに笑うエリゼに向かい、俺は、ブイサインを決めるのだった。
「お兄ちゃんっ!」

 試合を終えてエリゼのところへ戻ると、ものすごい勢いで抱きつかれた。
 受け止めきれなくて、そのまま一緒に倒れてしまう。

「いてっ」
「わっ、わっ。ご、ごめんなさい……お兄ちゃん。大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど……どいてほしい。重いぞ」

 エリゼが俺の上に乗っていた。
 無理にどかすことは可能だけど、怪我をさせてしまうかもしれない。

「むぅ……私、重くなんてないです」

 エリゼは妙なところに怒りながら、俺の上からどいた。

「まあいいです。それよりも、おめでとうございます!」
「ありがとな。エリゼのおかげだ」
「え? 私、なにもしていませんよ?」
「大きな声で応援してくれただろう? おかげで、やる気が出た」
「えへへ……お兄ちゃんの役に立てたならよかったです」

 自分が役に立てたと知り、エリゼはうれしそうだ。

 さっきは怒っていたのだけど、すぐ笑顔になる。
 そうやって色々な表情を見せてくれるところが、エリゼのかわいいところだ。

「ピー!」

 どこかを飛んでいたニーアが戻ってきて、俺の肩に止まる。
 そして、勝利を祝福するように翼を広げて鳴いた。

「私が負けるなんて……」
「落ち着いて、ミリア。こんなのは、その……そう、まぐれよ、まぐれ。万に一の可能性が起きて、たまたまレンが勝っただけよ」

 一方、ミリアは落ち込み、アラムが励ましていた。

「……しかし、レンは本当に魔法を使えるのだな。意外とかっこいいかも。それに、今の一撃……これはこれで悪くない、はぁはぁ」
「えっ」

 なぜか、ミリアが俺に熱い視線を送ってくる。

 ……うん。
 見なかったことにしよう。

「なにはともあれ、第一関門は突破だな」

 これで合格になったわけではないけれど、一歩、目標に近づいた。

 この時代の魔法は衰退しているけど……
 それでも、まだまだ俺の知らないことは多い。
 エレニウム魔法学院に入学できれば、さらに色々なことを学ぶことができるだろう。

 そうして得た力は、魔王を倒すために。
 自己満足のためじゃなくて、大事な人を守るために。

「お兄ちゃん、次は私の試合ですよ。応援してくださいね」
「え? なんでエリゼが試合を?」
「忘れたんですか? 新入生候補のために、在学生も試合をして、その力をアピールするんですよ」
「……ああ、そういえば」

 そんな内容があったような気がした。

 その試合は優秀な生徒でないと選ばれないと聞く。
 妹が選ばれて、兄としては鼻が高い。

「もちろん応援する。がんばれ」
「はいっ、がんばります!」

 エリゼが小さな拳をぐっと握りしめた。

「では、これより在校生の試合を行う。エリゼ・ストライン、及び、ナナ・ハルド。共に前へ!」

 ちょうどいいタイミングで試合が始まるようだ。

「いってきますね、お兄ちゃん」
「気をつけて」
「できれば、もっと違う言葉がほしいです」
「えっと……がんばれ」
「もう一声!」
「エリゼなら絶対に勝てる」
「もうちょっと!」
「俺がついているからな」
「はいっ! お兄ちゃんの応援があれば、完璧です! 絶対に負けないから、見ていてくださいね。それだけで、私はどこまでもがんばることができますから」

 エリゼはにっこりと笑い、広場に移動した。

「両者、構え」

 エリゼの相手は背が高く、凛とした顔つきをしていた。
 相対的に見ると、エリゼの方が2~3歳くらい下に見えてしまう。

 ……こんなことを口にしたら絶対に拗ねるから、心の中で思うだけにしておくが。

「始め!」

 審判の合図で、二人が同時に動いた。
「火炎槍<ファイアランス>!」

 先に動いたのは、エリゼの対戦相手の少女だ。
 流れるような動作で魔力を練り上げて、炎の槍を射出する。

 この時代は魔法が衰退しているため、ぎこちなさは残っているものの……
 それでも、歳を考えると十分ではないか?

 彼女は、エレニウム魔法学院のおかげで力を得たのだろう。
 そう考えると、やっぱり入学する価値はある。

「むっ」

 エリゼは大きく後ろへ跳んで、炎の槍を回避した。

 以前のエリゼなら、そんな動きはできなかっただろう。
 ただ、エリクサーのおかげですっかり元気になったため、今では朝飯前だ。

「火炎槍<ファイアランス>!」

 再び、少女が魔法を放つ。

「悪いけど、本気でいかせてもらうからね!」
「むむむ」

 数で押していく作戦なのだろう。
 少女は、さらに連続で魔法を詠唱する。

 エリゼの身体能力は大きく向上したが、かといって、超人的な力を手に入れたわけではない。
 魔法を連射されてしまうと難しい。
 回避に専念することになって、反撃に移ることができない様子だ。

「エリゼっ、負けるないで! 恐れずに踏み込みなさい! 相手よりも速く魔法を唱えるのよ!」

 アラムがそんな応援をするが、的外れもいいところだ。

 詠唱速度は、どうみても相手の少女の方が上。
 攻撃魔法の適正は彼女に分があるのだろう。

 その差を瞬時に埋めることは難しい。
 こうして連射をされてしまうと、近づくのではなくて、一度距離をとるのが正解だ。

 あと、恐れるなとか、そんな精神論を持ち出さないでほしい。
 そんなもので勝負に勝てるようなら苦労はしない。

「エリゼ!」
「あ……」
「相手のペースに乗ったらダメだ。一度退いて、タイミングを見て……そして、ここぞというところで自分のペースに持ち込むんだ! 大丈夫、エリゼならできる。がんばれ!!!」
「お兄ちゃん……はいっ!」

 エリゼはちらりとこちらを見ると、了解、と言うかのように口元に笑みを浮かべた。

 大丈夫。
 まだまだ戦意は衰えていない。
 というか、今のでもっともっとやる気になったみたいだ。

「……」

 エリゼはすぐに笑みを消して、まっすぐに対戦相手の少女を見る。

 その瞳は鋭く。
 確かな強い意思で満たされていた。

「これは……」

 なにかあるのではないか?
 少女はそう考えたらしく、警戒した様子を見せる。

 そんな少女を見て、エリゼは……

 反転。
 そのままダッシュで逃げた。

「え?」

 この展開は予想していなかったらしく、少女は、ついつい呆然として手を止めてしまう。

 でも、これはエリゼの作戦。
 少女が隙を見せた間に、エリゼは十分な距離を確保して……
 それから、Uターン。

 助走をつけて跳躍。
 ものすごい距離を飛んで、一気に少女との間を詰める。

「なっ!?」

 完全に意表をつかれた少女は反応が遅れた。
 ややあって我に返り、慌てて魔法を唱えるものの、すでに遅い。

「えい!」

 エリゼは、くるくると空中で回転。
 器用に足を使い、少女の杖を蹴り上げた。

 杖を失い、少女が無防備になる。

「風嵐槍<エアロランス>!」

 エリゼは、着地と同時に魔法を唱えた。
 少女の腹部に痛烈な一撃を叩きこまれる。

 エリゼと一緒に訓練をすることはあったけど……
 でも、こんな戦い方は教えていない。
 エリゼの完全なオリジナルなのだろう。

 まさか、ここまでできるなんて。
 エリゼは戦いの才能があるかもしれない。

 とはいえ……
 それを喜ぶべきか否か、なかなか難しいところだ。

「うぁ……!?」
「そこまで! 勝者、エリゼ・ストライン!」

 少女が倒れたところで、審判がエリゼの勝利を告げた。

 見事な逆転劇に、周囲の人々が沸いている。
 そんな中、エリゼがこちらに駆け寄ってきて……

「やりましたっ! ありがとうございます、お兄ちゃん!!!」
「うぐっ」

 再び、エリゼに押し倒されてしまう。

「見てくれていましたか? 私、勝ちました!」
「ああ、見ていたよ」
「本当は少し危なかったんですけど……でもでも、お兄ちゃんのおかげで勝つことができました。あの応援がなかったら、ダメだったかもしれません。ありがとうございます、お兄ちゃん」
「それはよかったけど……とりあえず、どいてくれないか? 重いぞ」
「むぅ。だから私、重くなんてありません」

 ぷくーっとエリゼが頬を膨らませた。

 デジャブ。
 さっきのやりとりを再現しているみたいだ。

「エリゼ」
「つーん」

 女の子に『重い』は禁句らしく、今度は許さない、という感じでエリゼはそっぽを向いてしまう。
 まいった。

「えっと……おめでとう」
「……」
「エリゼが勝って、すごくうれしいよ」
「……それだけですか?」
「あー……かっこよかった」
「もう一声」
「あと、かわいかった。なんていうか、女神みたいだ。天使でもいいかも」
「えへへ……言い過ぎですよ、お兄ちゃん」

 なんてことを言いつつも、とてもうれしそうにするエリゼ。
 ウチの妹がちょろい。

「お兄ちゃん。勝ったから、なでなでしてほしいです」
「いいぞ。ほら」
「はふぅ♪」

 言われるまま頭を撫でると、エリゼは心底うれしそうな顔をするのだった。
 無事、一時試験を突破することができた。
 次は二次試験だ。
 詳細は聞いていないけど、なんでも他の受験者と協力したり、在校生の力を借りる内容らしい。

 どんな内容なのか?
 少し楽しみにしている自分がいた。

「次の試験、どういうものなんでしょうね?」

 最後まで観戦するつもりらしく、エリゼが小首を傾げつつ、そう言う。

「エリゼも知らないのか? なんでも、在校生が協力することがあるらしいけど」
「んー……ごめんなさい。なにも聞いていません」
「謝ることじゃないさ」
「んっ」

 エリゼが暗い顔をしたので、頭を撫でておいた。

「お兄ちゃん……その、絶対合格できますか?」
「絶対とは言えないな」

 試験が想像以上に難しいかもしれない。
 予想外のトラブルが起きるかもしれない。

 『かもしれない』を考えると、絶対なんて言えない。

「そうですか……」
「どうしたんだ、暗い顔をして」
「もしもお兄ちゃんが落ちたりしたら、一緒に学校に行けません……その時のことを想像したら、とても寂しくなりました」

 なんだ、この生き物は?
 かわいすぎやしないか?

「大丈夫だ」

 ぽんぽんとエリゼの頭を撫でた。

「俺は絶対に合格するよ」
「絶対はないんじゃ?」
「今、絶対になった」

 妹が一緒にいたいと言ってくれている。
 なら、兄としてその願いを叶えないとな。

「えへへ、がんばってくださいね。学校でもお兄ちゃんと一緒にいたいです」
「家では一緒じゃないか」
「ずっとずっと一緒がいいんです」
「そうか? そこまで気にしなくても……」
「私にとってはすごく大切なことなんです! お兄ちゃんと離れ離れになってしまうなんて、考えられませんから!」
「別に一生離れるわけじゃないだろ。もしもダメだったとしても、数年だ」
「数年『も』ですよ! お兄ちゃんがいない生活なんて、絶対に無理です。私、お兄ちゃん欠乏症になって、どうにかなっちゃいますよ」

 なんだ、その怪しい病気は?

 懐かれている、ということは自覚しているのだけど……
 まさか、ここまでなんて。
 うれしいにはうれしいのだけど、エリゼのブラコンっぷりがちょっと心配でもある。

「……あれ?」

 ふと、エリゼが明後日の方向を見た。

「どうしたんだ?」
「あの子、どうしたんでしょうか?」

 エリゼの視線を追いかけると、小さな女の子が見えた。
 歳は俺と同じくらいだろう。

 彼女は強く印象に残るような、特徴的な外見をしていた。

 まず目に入るのは、その髪だ。
 燃えるように赤く、それでいて人の目を引きつける綺麗さがある。
 真紅の髪は長く、リボンで束ねていた。

 瞳は同じ赤。
 意思が強そうな感じで、凛とした雰囲気をまとっている。

 服も赤い。
 赤いブラウスにスカート、それとマント。
 剣士なのか、剣を腰に下げている。

 全身を赤で統一した女の子は、人の輪から外れていて、一人、ぽつんと佇んでいた。
 ここにいるということは、一次試験を突破した受験者だと思うんだけど……

「確かに変だな」

 ここは、エレニウム魔法学院の入学試験の場だ。
 剣士が門を叩くようなところではない。

 いや。
 男の俺が言うのもなんだけど。

「もしかして、魔法剣士なのかな? だとしたら納得いくけど……」

 魔法剣士というのは、名前の通り魔法と剣を使う者を指す。
 魔法も剣も得意……近接も遠距離も両方こなせるという、オールラウンダーだ。
 どちらも得意、なんていう人はなかなかいないので、けっこう貴重だったりする。

「それも気になりますが……」
「エリゼは他に気になることが?」
「えっと……うまく言えないんですが、なんとなく、でしょうか? 目が離せないというか放っておけないというか……とにかく気になってしまって」

 エリゼはわりと勘が鋭い。
 そんな妹が言うのだから、あの女の子にはなにかあるのかもしれない。

 とはいえ、いきなり話しかけても相手にされない可能性がある
 最悪、警戒されてしまうだろう。
 どうする?

 なとど迷っていたら、

「あの……」

 エリゼが女の子のところへ移動して、声をかけていた。
 うちの妹、おとなしいように見えて、たまにとんでもない行動力を発揮する。

 放っておくわけにはいかず、俺も女の子のところへ。
「……なに?」

 女の子はわずかに顔を動かして、暗い表情で答えた。
 普通なら怯んでしまいそうだけど、エリゼはにっこりと笑顔で言う。

「はじめまして。私、エリゼっていいます。エリセ・ストラインです」
「そう」
「……」
「……」
「ダメですよ」
「え? なにが?」

 女の子は適当にあしらおうとしたみたいだけど、エリゼが食らいついた。
 というか、なにがダメなんだ?

「挨拶をしたら、ちゃんと応えないとダメなんですよ」
「……」

 女の子は「めんどくさい」というような顔に。
 ただ、放置しても去らないと判断したらしく、渋々といった感じで口を開く。

「……こんにちは」
「はい、こんにちは」
「これでいい?」
「まだダメですよ。あなたの名前を聞いていませんから」
「ねえ、この子はなに?」

 女の子の視線がこちらに向いた。
 疲れたような顔をしている。

「俺の妹」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだけど……って、もしかしてあなたも受験生?」
「ああ、そうだよ。レン、っていうんだ。よろしくな」
「あなた、男じゃない」

 女の子は訝しげな表情になる。

 どうやら俺の試合を見ていないらしい。
 まあ、俺とエリゼ、両方の名前うぃ知らないから、そうなのだろうとは思っていたが。

「確かに男だけど、なんでか知らないけど魔法が使えるんだ。だから、ここを受験することにした」
「……ウソみたいな話だけど、ウソはついていないみたいね」
「あっさりと信じるんだな」
「一応、人を見る目はあるつもりだから」

 納得してくれたみたいでなによりだ。

「エリゼのことなら諦めてくれ。たまに強引になるんだ、妹は」
「そうなのね……はぁ」
「それで……お名前は?」

 エリゼは笑顔で、もう一度尋ねた。
 根負けした様子で女の子が応える。

「あたしは、アリーシャ・フォルツよ」
「アリーシャちゃん……はい、よろしくおねがいします」
「ちゃん、って……」

 女の子……アリーシャが眉をひそめた。
 その反応を見て、エリゼが小首を傾げる。

「あれ? ひょっとして年上でしたか?」
「あたしは15よ。あなたは?」
「わたしは14歳です。今年で15になります」
「あたしは今年で16ね。あたしの方が年上なのだから、ちゃんはやめなさい」
「でもでも、2歳くらい誤差の範囲内ですよね? なので、やっぱりアリーシャちゃんでいきます。よろしくおねがいします」
「よろしくするつもりはないんだけど……」
「アリーシャちゃんも受験者なんですよね? ここに残っているってことは、一次は合格したんですか?」
「まだ話が続くのね……はぁ」

 アリーシャは諦めた様子で吐息をこぼして、淡々と質問に答える。

「察しの通り、あたしも受験者よ。一次はもちろん突破したわ。これでいい?」
「すごいですね! その剣、もしかして、アリーシャちゃんは魔法剣士なんですか?」
「そうだけど……」
「剣も魔法も使えるなんてすごいですね。私、まだまだ魔法をうまく使えなくて……うらやましいというか尊敬します」

 エリゼはキラキラとした眼差しを向ける。
 そんなエリゼを見て、アリーシャは苦い顔をした。

 なにかに苦しんでいるような。
 怯えているような。
 ……そんな表情だ。

「……やめて」
「え?」
「そんな目であたしを見ないで。あたしなんて大したことないし……生きているだけで迷惑をかける存在なんだから」
「どういう意味なんだ?」

 その言葉が気になり、ついつい横から口を挟んでしまう。

 アリーシャは自嘲めいた表情を浮かべて……
 冷たい声で言う。

「あたしは死神に魅入られているの」
「死神?」

 どういう意味だ?

 意味はわからないのだけど……
 でも、簡単に踏み込んでいい問題ではないと思う。
 下手をしたら怒らせてしまうかもしれない。

 どうする?

「死神って、どういう意味なんですか?」

 こちらが迷っている間に、エリゼが踏み込んでしまう。
 度胸がいいというか、さすがというべきか……

「言葉の通りよ。あたしは死神に魅入られているの。だから……近づかない方がいいわ」
「よくわかりません。どうして近づいたらダメなんですか?」
「あたしに近づいた者は、皆……死ぬわ」

 ゾッとするほど冷たい声で、アリーシャは淡々と告げた。

「家族も友人も……善人も悪人も……皆、死んだわ。あたしに近づいてくる人は、誰一人例外もなく、死んだ……だから近づかないで」

 嘘を吐いているようには見えない。

 死神が本当にいるのか、それはわからないけど……
 アリーシャは今まで、相当ひどい目に遭ってきたのだろう。
 瞳に生気がない。

「話は終わり。どこかへ行ってくれる?」
「えっと……できることなら、もう少しお話をしたいんですけど」

 冷たく突き放すアリーシャ。
 でもエリゼは、そんなこと気にしないという様子で、にっこり笑う。

「あなた、人の話を聞いていなかったの?」
「あなた、じゃなくて、エリゼって呼んでください」
「そういうことじゃなくて……ああもうっ」

 再びアリーシャがこちらを見る。

「この子、どうにかしてくれない?」
「そう言われてもな」
「あたしに近づかないで。本当に危ないの。あたしは死神に魅入られているから……だから、あたしに近づく人はみんな死んでしまうの。この子も死ぬわよ?」
「それはない」

 きっぱりと否定した。

「……なんで、そこまで言い切ることができるの?」
「俺が守るからだ」
「お兄ちゃん……頼もしいです♪」

 エリゼに危険が及ぶというのならば、俺が全力で排除する。
 敵がいるのなら……死神がいるのなら、やはり排除するだけだ。

「あなたはいったい……」

 アリーシャの冷たい表情が揺らぐ。
 俺に対する興味を持った様子で、さらに言葉を紡ごうとして、

「一次試験を突破した者はこちらへ! 今から、二次試験を開始する!」

 試験官の声が響いた。
 それで我に返った様子で、アリーシャは元の冷たい表情に戻る。

「……なんでもないわ。今のは忘れて」
「忘れて、と言われてもな」

 インパクトのある子だから、簡単に忘れることはできない。
 アリーシャは、いったいどんな問題を抱えているのか?
 どんな経験をしてきたのか?

 アリーシャのことが気になり始めていた。

「まあ、ひとまず試験を受けに行かないとな」
「……」
「ほら。せっかくだから一緒に行こう」
「……好きにすれば」

 アリーシャはふいっと顔を背けつつも、俺と別行動を取るつもりはないらしい。

 うん。
 こういうの、ツンデレっていうのかな?

 口にしたら睨まれそうなので、心の中で思うだけにしておいた。
 訓練用の広場を離れて、学院の裏手へ移動した。

 山の麓に作られた小さな洞窟。
 入り口は小さいものの、中は広いのだろう。
 奥が見えなくて、光が届かず、暗闇に包まれている。

 深淵に繋がっているかのようで、妙な迫力がある場所だ。

「ここが二次試験の会場だ」

 試験官が説明を始めた。

「ここは、我々が作った訓練用のダンジョンだ。入学後はここを利用して色々な技術を学ぶことになる」
「へえ、あれがダンジョンなんですね」

 エリゼが目をキラキラと輝かせていた。
 ダンジョンという部分に心惹かれているらしい。

 幼い頃は病弱で体を動かすことができなくて、代わりに色々な物語、冒険譚に触れてきた。
 だから憧れるものがあるんだろう。

「二次試験は、このダンジョンを踏破することだ。訓練用とはいえ、中には我々が捕まえた魔物が解き放たれている。罠も用意してある。いざという時は我々が救助にあたるため死ぬようなことはないが、最悪、大怪我は覚悟してもらいたい」
「……」

 物騒な言葉に、入学志願者達の顔がこわばる。

「それでも学院に入学したいというものは試験を受けろ。その覚悟がないものは、ここから立ち去るがいい」

 試験官の言葉に動揺した人はいたものの……
 諦めて立ち去ろうとする人はいない。

 もちろん、俺もその一人だ。

 そんな俺達を見て、試験官は満足そうに頷く。

「では、説明を続ける。二次試験では在校生の力を貸してもらうことになる。一緒に行動することで、彼女達の技術をその身で感じて、学んでもらいたい」

 なかなかおもしろいシステムだ。
 誰に協力してもらうか?
 それで試験の難易度も変わるだろう。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

 ここまでついてきたエリゼが声をかけてきた。
 にっこりと笑う。

 最初は、なんでエリゼがここに? と思っていたのだけど……
 なるほど、そういうことか。

「エリゼに協力をお願いしてもいいか?」
「はい、がんばりますね!」

 思い通りに事が進み、エリゼはにっこりと笑う。
 遠くでアラムが悔しそうな顔をしているのが見えたけど、知らん。

「合否の判定だが、こちらはシンプルなものだ。地下三階に置かれている証を取ってくることで合格となる」
「質問、いいですか?」

 俺は手を上げた。

「なんだね?」
「証とやらを取ってくればいいんですね? それだけで合格に?」
「そうだ、証を取ってこれたのなら合格となる。ただ、甘く見るなよ? さっきも言ったように魔物を解き放っている。それだけじゃなくて罠も設置している。慎重に行動しなければ、すぐ行動不能に陥るだろう」
「なるほど……わかりました」
「他に質問のある者は?」
「えっと、じゃあ……」

 試験官の言葉に反応する者がいくつか現れた。
 皆、あたりさわりのない質問をして、試験官がそれに答える。

「他には?」

 ある程度、質問と回答が繰り返されたところで、手を上げる者はいなくなった。

「よし。ならば、これより二次試験を開始するが……その前に、三人パーティーを組んでもらう」
「三人?」

 在校生とのコンビじゃないのか?

「学院では集団行動が求められるからな。なので、試験もパーティーを組んで行動してもらい、問題がないかどうか確かめさせてもらう。誰か一人でも脱落者が出た場合、全員、不合格となるから気をつけるように。これは協力してもらう在校生にも適用されるから、気を抜かないように」

 新たにもたらされた情報に、受験生達に動揺が走る。

 下手な相手とパーティーを組んだらデメリットしかない。
 足を引っ張られるだけではなく、最悪、一緒に脱落してしまう。

 実力のある相手と組めるかどうか。
 力のある在校生に手を貸してもらえるかどうか。
 ある意味で、そこが今回の試験の一番のポイントになるのかもしれない。

「三人パーティーなんですよね?」
「ああ、そうだな。三人目はどうする? できれば、確かな相手と組みたいんだけど」
「うーん、そうですね……」
「三人目……」
「三人目……」

 俺とエリゼが唸るような声をこぼして、考えて……
 それから、兄妹揃ってとある方を向いた。

「な、なによ……?」

 俺とエリゼの視線の先……
 そこにはアリーシャがいた。
 エリゼとアリーシャと並んで歩く。
 訓練用のダンジョンは広いものの、明かりは必要最小限しかない。

 ランタンの光がゆらゆらと揺れて、通路を照らしている。

「どうしてあたしが、あなた達と一緒に……」
「いいじゃないか。パーティーを組まないといけないんだから、どうせなら顔見知りの方がいいだろう?」
「さっき出会ったばかりでしょう」
「気にしない気にしない」
「がんばりましょうね、アリーシャちゃん」
「はぁ……」

 にっこりと笑うエリゼを見て、反論する気力をなくしたらしい。
 アリーシャはため息をこぼすものの、文句は口にしない。

「足手まといになるようなら、切り捨てるわよ」
「その場合はアリーシャも失格になるな」
「ぐっ」
「諦めろ。一緒に組んだ以上、協力してがんばるしかないんだから」
「はぁ……」

 アリーシャは再びため息をついた。

「一次試験は突破してるし、魔法を使えるっていう話だからそれなりの力はあるんだろうけど……足は引っ張らないでね」
「大丈夫ですよ、アリーシャちゃん」

 なぜかエリゼが自信たっぷりに答える。

「お兄ちゃんが一緒なら絶対に合格できますよ」
「その根拠は?」
「お兄ちゃんがお兄ちゃんだからです」
「はい?」
「お兄ちゃんは、すごく頼りになるんですよ? いつもいつも、私のことを助けてくれて……世界で一番のお兄ちゃんなんです! だから、お兄ちゃんが一緒にいれば、なにも問題はないんです」
「……あなたの妹って、もしかしてもしかしなくてもブラコン?」
「……ノーコメント」

 アリーシャの視線が痛い。

 と……次の瞬間、アリーシャの表情が鋭いものに変化する。

「止まって」

 言われるまま、俺とエリゼは足を止めた。

「どうしたんですか……?」
「どうやら、お迎えが来たみたいね」

 ランタンの光に集まる虫にように、魔物が姿を見せた。

 子供のように小さく、やせ細った体。
 それでいて目が大きく、ぎょろりと尖っている。
 ゴブリンだ。

 下級の魔物で一対一ならば苦労することはない。
 ただ、ゴブリンは群れで行動する。
 目の前のゴブリン達も、10匹ほどの群れを形成していた。

 こうなると少し厄介だ。
 戦いに慣れていない者だと数の暴力に飲み込まれてしまい、あっという間にやられてしまう。
 ある意味で初心者キラーだ。
 油断することなく、しっかりと戦おう。

「俺が前衛を務めるから、二人は援護を……って、アリーシャ?」
「……」

 こちらの言葉は聞こえていないかのように、アリーシャは無言で剣を抜いた。

 訓練用のため、刃にカバーがあてられているものの……
 一目で業物とわかる剣だ。

 でも……なんだ?
 妙な違和感を感じる。

「えっと……俺が前衛を」
「あたし一人で平気よ」

 そう言って、アリーシャは一人で突撃した。
 止める間もない。

 そして……戦場に嵐が吹き荒れた。

 アリーシャは風のような動きで、一瞬でゴブリンとの間合いを詰めた。
 ゴブリンは慌てて棍棒を振り上げるが、遅い。
 剣が閃いて、ゴブリンの首が斬り飛ばされる。

 あっという間に仲間がやられてしまい、ゴブリン達が動揺する。
 その隙を見逃すことなく、アリーシャはさらに突撃。

 突いて。
 薙いで。
 払い。

 ありとあらゆる方法で斬撃を繰り出して、ゴブリン達を屠る。

 そして……
 気がつけば、アリーシャは一人でゴブリン達を全滅させていた。

「へえ、すごいな」

 自然と称賛の言葉がこぼれた。
 それくらいにアリーシャの剣技は見事なものだった。

 この時代、魔法だけじゃなくて戦術も衰退していると思っていたけど……
 アリーシャに限り、それは適用されないみたいだ。

 剣技も戦術も達人レベル。
 魔法抜きの接近戦だとしたら、俺も危ないかもしれない。

「どこで剣を学んだんだ?」
「別に……あなたに教える必要はないわ」
「ちょっとくらい、いいじゃないか」
「イヤよ。仕方なく一緒にいるだけで、あたしは馴れ合うつもりはないの」
「ふむ」
「それよりも……何度も言うけど、あたしの足を引っ張らないでよ?」

 アリーシャは剣を鞘に収めながら、そう言った。
 それを聞いて、エリゼが頬を膨らませる。

「アリーシャちゃん、お兄ちゃんは足を引っ張るなんてしません」
「男は魔法を使えないのに?」
「でも、お兄ちゃんは魔法を使えますよ?」
「それが信じられないんだけど……」
「さっきは納得したじゃないですか」
「それでも、そうそうすぐに受け入れられないものよ」
「あとあと、お兄ちゃんに限らず、冷たいことを言うのはいけません。そういうことを言うと、自分の品位を貶めることになりますよ」
「むぐ……」

 圧倒的な正論をぶつけられて、返す言葉が見つからないみたいだ。

「まあいいさ」
「お兄ちゃん?」

 二人の間に割って入る。

「俺が男っていうのは確かな事実だからな。魔法が使えなくて、アリーシャに足手まといと思われても仕方ない」
「あら、殊勝なのね」
「でも、そのまま、っていうわけにはいかないからな」

 きちんと力を示さないと認めてもらえなさそうだ。
 だから、実力を見せることにした。

「火炎槍<ファイアランス>!」
「っ!?」

 魔法を放ち……
 背後からアリーシャに襲いかかろうとしていた、ゴブリンの生き残りを倒した。

「今のは……」
「油断大敵、っていうヤツだ。まだ生き残りがいたぞ」
「……」

 アリーシャが悔しそうな顔に。

「本当に魔法を使えるのね……いったい、どういうこと?」
「それはわからない。でも、見ての通り、それなりの戦力にはなるだろう?」
「……」
「あと、エリゼもけっこう強いぞ。。だから、なんでもかんでも一人で片付けようとしないで、俺達を頼ってくれるとうれしい」
「……ふん」

 まだ心を開くことはできず、アリーシャはこちらに背を向けて、一人で先へ進んでしまう。

 気難しい子だ。
 でも、悪い子ではないと思うんだよな。

「うぅ……」

 エリゼが難しい顔をした。

「どうしたんだ?」
「私、アリーシャちゃんと仲良くなりたいんですけど……無理なんでしょうか?」
「らしくないな。そんな弱気なことを言うなんて」
「それは、でも……」

 エリゼの頭をぽんぽんと撫でる。

「エリゼはエリゼらしく、まっすぐぶつかればいいさ。そうすれば、きっとわかってもらえるよ」
「そうでしょうか……?」
「そうだよ」
「……はい、そうですね! 弱気になったらいけないですよね。私、がんばります。ありがとうございます、お兄ちゃん」
「俺はなにもしてないさ」
「そんなことないです。お兄ちゃんのおかげで、私、迷いがなくなりました。えへへ、やっぱりお兄ちゃんはすごいですね。私のことをいつも助けてくれます」

 エリゼが元気になったところで、俺達はアリーシャを追いかけた。