旭は校舎を出て、中庭を横切り、職員用の駐車場を越え、北校舎まで逃げた。
北校舎は主に、音楽室や科学室などがあり、授業や部活動以外での生徒の出入りはほとんどない。
その校舎の途中まで階段を登り、旭は座り込んだ。
息が乱れて苦しい。動悸が酷い。
落ち着け、落ち着け。
胸に手をあて、少しずつ取り込む酸素の量を増やす。
ここまで来れば……。
「名取くんは足がお早いのね」
ど、と。
旭の心臓が大きく弾んだ。
恐る恐る振り向くと、少し下の段に雛菊が立っていた。
涼しい顔でこちらを伺い、くすりと笑いを溢す。
「男の子らしくて素敵です」
「……ひっ!」
ぎゃあぁぁぁあああ!
旭の悲鳴が校舎中に木霊した。
「なんでなんでなんで」
「はい?」
雛菊は旭の悲鳴に驚き、縮こまって怯えていたが、今の旭にそれを気遣う余裕はない。
「追いかけてきてる気配なかったじゃん!」
「ず、ずっと追いかけておりましたよ」
「嘘だぁ!」
「ほ、ほんとです」
雛菊は両手を胸の前で握り、またあの表情をする。
一文字に唇を結んだ、生真面目そのものの、あの顔を。