「宜しくお願い致します、名取くん」
「あ、うん」
呆気にとられた旭は、愛想もなにもない返事を垂れ流した。
その後も渉の社交性がいかんなく発揮され、旭はほとんど口を利かずに済んだ。
勿論、積極的に影を消し、それとなく避け続けた結果でもあるが。
恐らく夏頃には席替えがある。それまであまり関わらないように、そして彼女の中で変な目立ち方をしないようにすればいい。
地味で無能な自分の得意分野ではないか。
旭は胸を張ってこの目標を掲げた。ちっとも自慢できないことであるが、この時ばかりは誇らしく感じられた。
しかしこの斜め上な自信と誇りは、呆気なく砕かれることになる。
午前の授業が終わり、昼食を買いに購買へ向かった旭は、その帰りであっさり雛菊に捕まった。
「少し宜しいでしょうか」
まるで待ち伏せしていたように、雛菊は階段で旭の前に立ち塞がる。
教室のあるフロアまで、あと数段だったというのに。
「……っ」
旭は2段飛ばしで階段を下った。
登ってきた女生徒が、短く悲鳴を上げて肩をすくめる。
名取くん、と雛菊の呼ぶ声が上の方からした。