「大ヒットしているこの小説ですが、書こうと思ったきっかけは?」
大賞受賞者インタビューだと呼び出され、眼鏡をかけた黒スーツ姿の女性は正面の椅子に座った僕に質問してきた。
「話すと少し長くなるんですけど」
「いいですよ」
女性は優しく微笑みながら僕を見る。
一度咳払いをして、この小説が生まれた経緯を話し始めた。
夏咲向日葵(なつさき ひまわり)と出会ったのは夏休みになると図書室に幽霊が出るという噂が流行った、高校二年の夏休みだった。
僕が通っている学校は夏休みの間、図書室を一般の人たちが使えるようにと解放している。そのせいで、一人しかいない図書委員の僕は、みんなが遊んでいる夏休みにただ涼しく物静かな図書室に、毎日図書委員の仕事をしに来ていた。
そんなある日、一人の少女と出会ったことでこの小説が生まれた。いや、この物語が始まった。

                ──二年前

蝉がミンミンと鳴いている季節。僕は家から持ってきたノートパソコンを閉じ、長時間座っていたお尻を上げて締め切った窓の方へ向かう。
「なんで夏休みまで学校に来なきゃいけないんだ」
図書委員の夏休みの仕事は、図書室でうるさいくしている人や迷惑な人の注意と、カウンターに座っているだけ。とても簡単だが、とても暇で退屈だ。なんせ今の所誰一人来ていない。
軽くため息をつきながら、真っ白なカーテンを開ける。
外には眩しい日差しがこちらを眺めており、太陽を直視してしまったせいで目が痛み反射で顔を左に背けてしまう。
「あ、え?」
顔を向けた先には理解し難い光景があって、少し理解するのに時間がかかった。
それは、僕と同年代くらいの少女が小説を胸に抱いて、タイルカーペットが貼ってある床に寝転び、気持ちよさそうに寝ているのだから。
いつから来たのか、そもそもいつから居たのか。全く分からないし、人が入ってきた記憶がない。夏なのに少し寒さを感じるのはきっと、効きすぎたクーラーのせいだと思う。
そんなことを考えていると、床で寝ていた少女が目を覚ました。
「あーっ」
目を覚ました少女は細い腕を大きく上に伸ばして、背伸びをする。
その後、僕に気づいた少女は視線をゆっくりとこちらへ向け、声をかけてきた。
「あ、あの?」
「は、はい!」
何故か焦って返事をしてしまい、間抜けな声を出してしまった。
その返事を聴いた少女はふふと面白そうに口を抑えて笑う。
僕は一度軽く咳払いをして、冷静なふりをして訪ねた。
「いつからここにいたんですか?」
少女は目を瞑って頭を左右に揺らし、んーと悩んだ様子を見せた後、覚えてないと答える。
「そうですか。あの、ここではあまり寝ないようにしてください」
一応注意をして僕はカウンターに戻り、今まで座っていた椅子に再び腰を下ろす。
「ねえ、君。本は好き?」
僕が椅子に座った直後に、少女がやって来たと思えば、唐突に質問をしてくる。
「はい? まあ、好きですけど」
というか、足音すら聞こえなかったんだが。いつ目の前にやって来たんだろう。
色白な素肌がやけに白く見える。それにこの少女の近くにいると、何故か寒さを感じる。
もしかしたら、幽霊だったり。なんて考えてしまう。
あまりにも不思議なことで頭がいっぱいになり、普段使わない脳みそを使うとパンクしそうになるので、これ以上は考えないことにする。
「私も本好きなんだよね。君はどんな本を読むの?」
「小説をよく読みます。と言っても、ライトノベルばっかりですけど」
「へー、そうなんだ。実は私もラノベ結構読むよ」
そう答える少女は楽しそうに笑い、カウンターにお尻をつけてから、そういえばと切り出した。
「私は夏咲向日葵、よく明るいと言われます。君とは同年代だから、敬語はいらないよ」
「そう、なんだ」
同年代だとは思っていたが、相手に敬語はいらないと言われると何故か敬語を使ってしまいそうになる。
いきなり自己紹介をされ、どうするべきかと悩んだが、相手が名乗った以上自分も自己紹介をしなければいけない気がしたので、流れで説明をした。
「僕は水見太陽(みずみたいよう)です。よく名前と反対の性格だねって言われます」
「確かに! 君って太陽みたいに明るくないもんね、本当に反対って感じがするよ」
納得したらしい少女は、大きくわははと笑ってみせる。
別に嫌じゃなかった僕は、ただ少女の笑う笑顔が素敵だと感じていた。
「あ、私の事は向日葵でも夏咲でも好きなように呼んでね。奥さんって呼ぶのもいいけど。ちょっと恥ずかしいな」
僕はなんでそんなことを初対面の人に言えるのか分からないが、それが少女の性格なんだと勝手に理解した。
「分かった。じゃあ、夏咲さんと呼ばせてもらうよ」
「えー。ちょっと固くない? まあ、別にいいけど」
夏咲さんはそういうと、表情を変えて、少しつまらなそうな顔をする。
それを軽く流して、僕は閉じていたノートパソコンを開き、書いていた小説の続きを書き始める。
すると、夏咲さんはしれっとカウンターの中に入り僕の後ろに来て、開いたノートパソコンの中を覗いてきた。
「へー。君って小説書いてるの?」
「ちょ、中に入らないでよ。てか覗かないでよ」
「えーちょっとくらいいいじゃん! 暇なんだもん!」
今度は少し、いじけたような表情になる。あまりにもコロコロ変わる表情を見て、この人は喜怒哀楽がとても分かりやすいのだと感じる。
あまり、人に見られたくなかったので、僕はすぐにノートパソコンを閉じる。
僕がノートパソコンを閉じるなり、夏咲さんは面白くなさそうに、ムスッとしてしまう。
それから数回僕と夏咲さんは「見たい!」「見られたくない」を繰り返す。
数回繰り返した後、夏咲さんは床に転がり、お菓子を買ってくれずに駄々をこねる子供みたいに転がり始める。
あまりにもうるさくて、見せないとやめてくれなそうなので、少しだけみせることにする。
「本当に少しだけだから」
「分かってるって!」
そういうと夏咲さんは楽しそうに微笑みながら、ノートパソコンを嫌々開く僕をよそ目に返事する。
ノートパソコンを開き、書いている小説をみせる。
「おー、これが君が書いてる小説か」
「一分だけだから」
開いた瞬間から僕は速攻、一分測り始める。
夏咲さんは真剣な表情で僕が書いた小説を読み始めている。
恥ずかしさと、少しの嬉しさが鼓動を素早く動かす。
それから一分がたったぐらいで、強制的にパソコンを閉じる。
「はい、終わり。一分たった」
「えー、早いよー。まあ、全部読み終わったからいいんだけどね」
「え? 嘘?」
本当か嘘か分からないが、もし本当だとしたら、約一万字をたったの一分で読んだということになる。
「本当だよ。私、実は本読むの意外と早いんだよ」
「早いっていうか、早すぎないかな。それで内容入ってくるの?」
「もちろん!」
そう言いながら夏咲さんは、左手を腰に当て右手でグッと親指を立てる。
本当に夏咲さんは不思議で、分からない。
「この小説、めっちゃ良いと思うけど賞に応募とかサイトにあげたりはしないの?」
「賞に応募してみたいとは思うけど」
正直他の人の声は聞いてみたいと思う。けれど、僕にはよく知りもしない相手から一生懸命に書いた小説をボロクソに言われて、平気でいれるメンタルがない。
「賞に応募したところで絶対に……」
「受かるわけない?」
「え……?」
なぜか、僕が言おうとした言葉を先に夏咲さんに言われてしまった。
「そんなの。やってみなきゃ分かんないじゃんか」
戸惑う僕をみて、夏咲さんは微笑みながら、話を続ける。
「『絶対受かるわけない』『絶対誰かにひどいコメントを打たれる』なんて考えていたら、何もできないよ。前を進むために足がついているように、上を向くために綺麗な空がある。君の本心が誰かに読んでもらいたい、と思ってるなら賞に出した方がいいと思うよ」
夏咲さんが放った言葉には何も答えられなかった。まるで僕の本心が分かっているかのように話すのがとても不思議で、僕は何もいえない。
それから少しの沈黙が流れた後、やっと僕は口を開いた。
「なんでそんなこと分かるの??」
「私も最初、君みたいに賞とかサイトに出すのを怖がってたから」
夏咲さんも小説を書いているのかな?
「ありがとう。少し考えてみる」
何故か分からないが夏咲さんに言われる言葉が一言一言、胸に刺さっていく感じがする。
夏咲さんの言葉を聞くと、考えてた不安が消えていくような感じがして、僕が書いた小説を賞に出してみたいとまで思ってしまう。


夏咲さんの言葉で分かった。僕はきっと、本心では誰かにもっと自分の書いた小説を読んでもらいたいと思っている。それは、夏咲さんが僕の小説を読んで、感想を言ってくれたのが嬉しかったから。
それから僕と夏咲さんは少しの間だけ、会話を続けた。二人で話していくにつれ、何故だか夏咲さんと話しているのが初めてではない感じがして、少し不思議に感じた。
その後、あっという間に時間が経ち図書室を閉める時刻になった。それを夏咲さんに伝えると分かったと返事をして、僕も図書室を出るためにクーラーを切り閉じ切った窓を開ける。
外はすでに日が暮れ始めており、夏は日が暮れるのが早いことを再認識させられる。
「もう図書室締めますよ。ってあれ?」
あたりを見回しても夏咲さんの姿が見当たらない。
もう帰ったのだろうか。
「本当に不思議な人だったな」
それから図書室を閉めた後、職員室に鍵を返して僕も帰路に着いた。
自宅に着いた僕は、家族と少し話した後に自分の部屋に向かった。
「今日は更新されてるかな」
バックからノートパソコンを取り出し、小説投稿サイトを立ち上げる。
僕はいつも読んでいる作者のページに飛び、最新の小説を確認する。
「やっぱり……か。もう一年も何も更新されてない」
あまり知名度がないこの作品はもしかしたら、読んでいるのは僕だけなのかもしれない。
それからご飯を食べてお風呂に入り、眠りについた。


翌日。
相も変わらずの暑さの中、僕は図書室へと向かった。
図書室に着いた後は昨日と同じようにして、小説を書き始める。
すると、夏咲さんがどこからか来たのかは分からないが、僕の前に急に現れた。
「おはよう!」
急に現れる夏咲さんに驚いたが、それを見せないように冷静な表情で僕も挨拶を返す。
「おはよう夏咲さん」
「なんだ、びっくりさせたと思ったんだけどな」
思ったようにいかなかったという夏咲さんの表情はなんだか、とても子供らしく見えて少し可笑しかった。
「それで、今日は何しに来たの?」
「君をもっと知りたくて来た」
夏咲さん楽しそうな笑みを浮かべながら僕の顔を見つめてくる。
「え? なんで」
「君のことがもっと知りたいからだよ。だって、君面白いんだもん」
初めて女の子から、いや、人から自分を知りたいと言われて、少し嬉しいと思ってしまうのは僕だけだろうか?
「これと言って人に教える特技とかないですけど」
夏咲さんは腕を組み、んー。と何かを考えている様子で、質問でも考えているのだろうか。
あ、と何か思いついたように目を大きく開き、口を開いた。
「君はなんで小説を書き始めたの?」
もっと違う質問を想定していたんだが、好きな食べ物だとか好きなアニメとか。だが違ったみたいだ。
でも、思ったよりも簡単に質問の返事が思い浮かんだ。
「とある作者の小説を読んで、『自分もこんな小説を書きたい』と思ったからです」
「え、誰々?」
つくづく楽しそうになっていく夏咲さんは、とても笑顔で魅力的に感じてしまう。
「多分、名前を言っても分からないと思うよ」
「大丈夫だから、言ってみてよ!」
「『きざつな』って言う作者だよ。一年前から全く更新されないけど」
作者の名前を言った瞬間に夏咲さんの表情が一変して、驚いた様子で少し固まる。
「どうかした?」
「い、いやなんでもない。ごめん、私の知らない作者だった」
なんだか夏咲さんは少し引き攣った表情をしているが、大丈夫と言ったのに知らなかったのが申し訳なかったのだろうか。
「大丈夫。多分この人を知ってるのは僕だけだから」
「そ、そうなんだ。で、この作者の書く小説のどんなところがいいの?」
「そうだなー。この作者は多分だけど、小説を書くのが物凄く楽しくて、とても好きなんだと伝わってくる小説。そんな所が一番かな」
「なんで分かるの?」
「分かるって言う訳じゃないよ、これはただ僕の見解」
「大丈夫、あってるよ」
夏咲さんは引き攣った顔が和らぎ、自然な笑顔に戻る。
「え、今なんて……」
「なんでもない!」
それから僕たちは他愛もない会話をしながら、僕は小説を書いていた。
正直、まだ不安は無くならないし、いざ賞に応募しようと思うと怖くなってくる。
そうこうしているうちに、あっという間に時間が過ぎ外はもうすでに日が暮れ始めていた。
僕は図書室を閉めることを教えるために、夏咲さんの所に向かう。
女の子座りで小説を読んでいる夏咲さんに時間だと説明する。
「夏咲さん。もうそろ図書室を閉めるよ」
「あと、もう少しだけだから待って」
そう返事をする夏咲さんを待つこと数分。
「もう終わり。続きが読みたいならその本借りていけばいいでしょ」
「後少しだがら、もう少し待って」
それから数十分。まだ終わらない。僕も本当よく待ったと思うが、これ以上は待ってられない僕は、彼女の読んでいる小説を取り上げる。
「もー、後少しだからいいじゃん」
「そう言ってから数十分たったんだけど」
「わかったよ」
諦めてくれたらしく、ヨイショと言いながら右手をつきお尻を上げる。すると、夏咲さんは立ち上がる時に体制を崩してよろめく。
それを受け止めようとした。が、何故か僕の腕は夏咲さんを支えておらず、夏咲さんは床にいててと言いながら転がっていた。
確かに受け止めた。はずだった。でもなぜか、夏咲さんは僕の腕をすり抜けていった。
「な、夏咲さん……今の」
僕は訳が分からず、ゆっくりと立ちがる夏咲さんを眺める。
「……」
「……」
立ち上がった後、僕たちに沈黙が訪れた。
先に口を開いたのは夏咲さんで、引き攣った笑顔でこう言った。
「ごめん。私、実は幽霊なの……」
確かに、今まで夏咲さんに対して不思議だと思った事を幽霊だからと考えれば、なんとなく分かる。それに、何故かそこまで驚きはしなかった。もしかしたら、夏咲さんが幽霊じゃないかと、頭の隅の方で思っていたのかもしれない。
「うん」
「『うん』って、驚いたりしないの⁉︎」
「なんでか分かんないけど、そんなに驚かない」
僕よりも驚いた顔をして、唖然としている夏咲さんには引き攣った笑顔が消えていた。
「そ、そっか」
そう言うと夏咲さんは腰を下ろして、床に座る。それに釣られて、僕も夏咲さんの隣に座る。
「ねえ、夏咲さん。一つ聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「夏咲さんって、小説書いてるの?」
「書いてたよ」
「書いてた?」
それから一度天井を仰ぎ、夏咲さんは話し始めた。
「生きてる頃の私は体が弱くてね、みんなと外で遊んだりできなかったの。そんな時に小説をが好きになって、「私がこの世に存在したことを残したい」と思って小説を書き始めたの」
僕はただ静かに夏咲さんの楽しそうに語る話に耳を傾ける。
「でも、サイトに出しても人気は出ないし、賞に出しても受からなかった。だけど、小説を書くことはずっと好きで、とても楽しかった」
そう語る夏咲さんの体が徐々に透けていくのを感じる。
「夏咲さん! 体が!」
「あ、そうだった。幽霊だと気づかれたら私、消えちゃうんだった」
楽しそうで、嬉しそうな笑顔には涙が流れている。
「夏咲さん!」
夏咲さんが消えていくのを感じた僕は、夏咲さんの手を握ろうとする。だが、当然のようにすり抜けていってしまう。
「あ、これだけは言っとかなきゃ。私のペンネームは『……』」
夏咲さんは目元だけになり、最後に「ありがとう。楽しかった」と残して消えていった。
知り合ったのが短い間だったからか、分からないが涙は出なかった。
だが、今までにないぐらいに小説を書きたくなった。いや、書かなきゃいけないと思った。そして、その書いた小説を賞に出し、受賞して世に出さなければいけないと思った。
きっと、夏咲さんは僕にそうして欲しかったから、僕の前に現れたんじゃないかとそう信じているから。
その日から僕は、毎日小説を書き続けた。夏休みが終わり、学校が始まった後も。
そして、夏咲さんが消えてから数ヶ月が経った頃、一つの小説が完成した。
夏咲さんがこの世にいたと言うことを書いた、これまでの僕と夏咲さんの短い日々を書いた小説だ。
それから賞に応募した後、僕は夏咲さんが消えた場所に向かい報告をする。
「やっと出来上がったよ。ごめんね遅くなって」
ただ静かな図書室に僕の声だけが響き渡る。
それがなんだかとても寂しく感じてしまう。そんな僕を見ていたのか、夏咲さんの声が聞こえた気がした。「ありがとう」と。
だが、周りを見渡しても誰もいない。きっと、天国から見守っているのだろうと、そう思った。


「まさか、この小説ってノンフィクションだったんですね!」
メガネをかけた女性は目を見開いて驚いた後、僕に質問してきた。
「あの、夏咲さんのペンネームって……」
「『きざつな』です」
僕は夏咲さんがあの時に言った名前を思い出して、教えた。
「だから先生の名前は『きざつな太陽』なんですね」