気がつくと、私はピエロの前に立っていた。

「そ、そんな……あの人は私を見捨てるというのか!」
 私を見て、ピエロが叫ぶ。

 手には夢でおじさんがくれた短剣が握られていた。
「ピエロさん……あなた、嫌い」
「な、何をおっしゃるのですか……お嬢様……」
「私、お嬢様なんかじゃない……。倉石 真帆だもん!」
 短剣を強く握る。剣先をピエロに向けた。
「あんたなんか、大っ嫌い!」
 ピエロはおびえて、私に背を向けると、空に飛び上がった。
 私と少し、距離をおくと振り返る。

「わ、私に立ち向かうとは、愚かな! いいでしょう。殺して差し上げます!」
 ピエロが拳をにぎって、私に向けた。
 拳を開くと、手のひらから、無数の光線が放たれた。

 私は思わず「えいっ!」と言って、剣を振った。
 振ったと言っても、何も考えずに空間を斬っただけだ。攻撃というには程遠い。
 だけど、私が剣を振ると、呼応したように剣が赤く光り、剣の先から灼熱の炎が放たれた。
 炎は光線を掻き消し、勢いを緩めずにピエロを襲った。

「ぐわあああああ! そ、そんなバカなことがあってたまるか! 私は……私は、百八魔頭の一人だ! こんなところでぇ!」
 私がもう一度、剣を振ると、今度は剣が黒く光り、剣から無数の獣が飛び出て、空へ駆け上っていった。
 その獣達の姿は皆、皮膚がただれていたり、骨が体から突き出ていたり、首がなかったり……と、五体満足ではない。
 まるで、地獄から送られてきたようだ。

 獣達は一斉に、ピエロへ飛び掛った。
 逃げる事も出来ず、獣達が彼の肉体を貪る。
 ピエロは恐怖と痛みから、半狂乱の状態に陥っていた。
 息も絶え絶えに呟く。

「こ、これは……タイガの剣」
 やがて一匹の獣が空に向かって、咆哮をあげる。
 すると、何も無かった空間に黒い切れ目が生じ、徐々に開いて楕円の穴ができた。
 その穴は底無しの闇で、中からは黒い腕が何本も蠢いてた。
 獣達は引き千切られたピエロの体を引っ張って、穴の中に入っていく。

「い、嫌だ! 嫌だぁ!」
 ピエロは心底、恐怖を味わっているようで、残った身体をじたばたとさせて、抵抗し続けている。
 だが、獣達は容赦なく、彼を闇の穴へと引き連れていった。
 そして、穴が塞がれると、私の手に握られていた短剣が灰となって、風に流された。


 気がつけば、氷塊の雨は止んでいた。
 ハークは、未だに気を失ってはいたが、息はある。
「よ、よかった……」
 私は、地面にへなへなと腰を下ろした。
 ふと、北の空を見た。。
「あれって……」
 そこには、大きな古城が宙に浮んでいた。