翌朝、私を起こしたのは着信音だった。
まだ完全に起き切っていない脳では画面に出た「母親」という文字にも、スマホから聞こえる母親の声にも嫌悪を感じることはなかった。

「あ、芽衣? その声寝起きだね。いいもんだね学生は夏休みなんてものがあって。じゃあどうせ暇でしょ。ちょっとイヤホン持ってきてくれない? あの近くの総合病院に。場所わかるでしょ。あんたも昔、おたふく風邪にかかったとき行った病院。って言っても覚えてないか。……ああ、そうそう。そこに、できるだけ長めのイヤホンがいいな。てことでよろしくね」

一方的に用件だけ言って切られた。

ぼんやりした頭で「まだ生きてたんだ」と思った。嫌味半分と安堵半分。
しかし次第に頭がはっきりしてくると総合病院にイヤホンを持っていくことの意味を噛み締めるように知っていった。この町でも最も大きい病院。七星のお姉さんが働いているのもここだと言っていた。そこに母は今いるのだろう。そして長めのイヤホンは病室のテレビを見るために使うのだと思い当たったとき、母が入院するのだとようやく認識した。
昨日の夜のうちにきっとそうなのだろうと準備はしていてもやはりいざその事実と向き合うと狼狽する自分がいる。

認識したはいいけども、私はまだ母の口から病気のことは一切聞いていないことにも気づいてしまった。
「なんなのほんとに」

冴え始めた頭に鞭打つように、私は毒を吐く。
それでも家の中を漁り、注文通り長めのイヤホンを2つ、それぞれイヤホンジャックの異なるものを持って家を出た。