どうしてこんなにイラつくのだろう。
冷房をガンガンにかけた室内で何回目かの舌打ちをした。ピークはもう過ぎているはずなのに夏はその威勢を少しも緩める気配がない。蝉だってまだやかましく鳴いている。そんな居残った夏がイライラをより助長させる。しかしそれだって普段であれば何も気にしない。原因ははっきりとあの人だ。あの人への苛立ちが夏を共犯者に仕立て上げている。

何もやることがない。いや、やることはあるのだけれどやらなければいけないことはない。そんなときこそ最もやる気というものが必要とされるのだが、こんな状況ではやる気など起きようはずがない。七星を誘ってみようかと思ったが、暴言を吐いた昨日の今日で誘うのは恥ずかしくてやめた。一応2人は現在、距離をとっているという状態らしいし。

せっかく家に1人だから今日はごろごろして過ごそうという意思を固め、冷蔵庫にアイスを取りに行った。そのとき、タイミングよくチャイムが鳴った。
どうせ宗教勧誘かNHK(ご存じの通り私の家にはテレビがないので、NHKさんにはいつも丁重に説明してお帰り頂いている。なんなら家の中を見せたことすらある。)だろうと思い、何の気なしに玄関を開ける。

とても背の高い人だった。私がすっぽりと影になるほどがっしりとした身体。それは年齢からくる中肉中背というわけではなく、若いときからスポーツをやっていた引き締まり方だった。
その背格好からも、スーツではないフランクな格好からも、営業マンではないなと思った。神に祈るような人にも見えなかった。

「えっとー。こんにちは」

男は少し眉を下げながら言った。奥歯に物が挟まったような様子だった。
しかし今思えば私から切り出すべきだったのだろう。しかし、私にはそんな優しさもなければ記憶力もなかった。

「僕のこと覚えてるかな?」

私が怪訝な面持ちを浮かべたのを見てすぐに、

「いや、いいんだ。大丈夫。そりゃそうだよね、芽衣ちゃん幼かったから。えっとー、昔芽衣ちゃんと一緒に暮らしてた時期があったんだけど」

そこまで言われてようやく思い出した。幼くはない時期に一緒に海へ行った何人目かの父親。名前は確か……佐と言ったか。

「あぁ」
思わず感嘆の声を漏らす。しかし再び訝しげな表情を浮かべた。
「え? 何?」
「違う違う。全然そんな怪しまなくて大丈夫」

何年振りかに会う元父親は、その体格に似合わないひょうきんで腰が低いスタンスを崩すことはなかった。

「とりあえず、アイス溶けちゃうから中入れもらってもいいかな?」