氷月は、霜月の後ろをついて歩く。つまり、四人の中で一番後ろを歩いていた。複合型アミューズメントパーク。別名、不夜城。二十四時間営業のこのアミューズメントパークは、裏ではそう呼ばれている。そんな夜中に客が入るのか、と氷月は疑いたくなるが、どうやら大人には大人だけの時間があるようだ。
 エレベーターに乗り込み、三階のボタンを押す。エレベーターを降りようとしたとき、霜月が先に氷月をおろした。

「お前さ、トロいんだから一番後ろにいるなよ。危ないだろ」

 これが霜月なりの優しさなのだが、他の人から見たらそうは見えないだろう。氷月はそれとなく気付いているし、おそらく卯月もそれに気付いている。だから氷月は焦月の後ろを歩く羽目になった。

「あそこだな」
 卯月が立ち止まり、焦月も立ち止まる。それに気付かず、氷月は焦月の背中に顔をぶつけてしまう。

「おい、何してんだよ」
 騒がぬよう、小さな声で焦月は呟いた。
「あ、すいません……」
 鼻を押さえながら答えた氷月を、焦月はただ目を細めて見つめたが、すぐに別な方へと視線を向ける。

「あ。わかった」
 と声をあげたのは霜月。
「卯月兄、あそこに鬼憑きがいるってことだね」

「そうだ。視えなくても感じることはできるな?」
 霜月はそれに頷くものの、氷月はわからなかった。その「感じる」ということが。

「もう少し、気を張り巡らせてみろ。そうすれば鬼憑きが視えるようになる」
 言いながら、卯月はクレーンゲームの方に移動した。クレーンゲーム機越しに対象者を見張るようだ。さりげなく焦月がそこにお金を投入していた。
「俺、こういうの得意なんだよね」
 なぜか意気揚々とボタンを押し始めている。恐らく、怪しまれないための行動だろうとは思うのだが、あまりにもその光景が似合いすぎていて、鬼封じのためにここへ来ていたことなどをすっかりと忘れてしまうくらい。

 楽しそうに笑っている焦月の隣で、氷月はゴクリと唾を飲み込んだ。それは焦月が狙っていたぬいぐるみを取れるかどうかを緊張した面持ちで見ていた、からではなく、卯月が言っている鬼を感じることができないから。

「あ、わかったかも」
 と霜月が声をあげた。
「卯月兄、あの三人組。メダルゲームやってる男の真ん中の奴か?」

「そうだ。氷月は、どうだい? 視えたかい?」

「い、いいえ……」

「鬼憑きが視えるようになるには、もうしばらく時間が必要かな」
 卯月は氷月を安心させるかのように、ゆるりと笑いながら言っているが、氷月はその言葉を否定するかのように力強く首を横に振る。

「あっ。くそ、もう少しだったのに」
 焦月が悔しそうにクレーンを睨みつけている。そのもう少しがよほど悔しかったのだろう。再び、小銭を投入する。

「氷月……?」
 クレーンゲームに興じている焦月だけ、別な時間が流れているような空間だった。ぎゅっと、氷月はシャツの裾を握りしめる。

「私には、卯月兄さまが言っている鬼憑きを、感じることが、できません……」

「くっそ」
 と焦月の声に、氷月はぴくっと身体を震わせた。まるで自分が非難されているような気がしたから。
「ちっ、もう少しだったのに」
 どうやら焦月のその言葉の矛先は、先ほどから夢中になってボタンを押しているクレーンゲーム。氷月の話は聞いていなかったのだろう。カチャ、っとさらに小銭を投入している。

「氷月、こちらに来なさい」
 こちら。それは卯月の側。卯月は焦月の背から離れて卯月の隣に立つ。
「あそこに三人の男がいるよね」
 彼らに気付かれないように、他の誰にも怪しまれないように、そっと卯月が囁く。氷月はそれに小さく頷く。
「あそこから、何か違う気を感じないかい?」
 違う気、と言われてもよくわからない。氷月の目には、ただ男たちがメダルゲームで遊んでいて、ただ一喜一憂しているようにしか見えない。
「わかりません……」

 ふむ、と卯月は顎に手を当てる。

「よしゃ、とれた」
 と喜びの声をあげたのは、霜月だった。悔しそうに焦月が睨んでいる。
「ほらよ、氷月。やる。女はこういうのが好きなんだろ?」
 なんとも不細工とも可愛いとも表現し難い、なんとなく猫とわかるような、そんなぬいぐるみを手渡された。

「氷月、それを持ってこちらにおいで」
 いかにもクレーンゲームの景品です、というぬいぐるみを抱きかかえて場所を移動する。少し、例の三人の男に近づいた。つまり、他のクレーンゲームの台に近づいたのだ。このクレーンゲームというのは、視覚的にも魅力に溢れている。この透明なガラスから景品がよく見えるため、目標が明確になる。
 卯月は氷月に顔を近づけた。まるで、あの景品を取ろうか、と相談しているカップルのように。

「氷月。あの三人だけを見て、そして感じて」

「はい……」
 氷月は、不細工な猫のぬいるぐみをぎゅっと力強く抱きなおした。不細工なのに、なぜか安心するこのぬいぐるみ。
「目を閉じてもいいよ」
 そこで卯月はクレーンゲームに小銭を投入する。その音すら聞こえないくらい、氷月はあの三人組の男に集中した。目を閉じてもいいと言われたけれど、ゲームセンター内のガチャガチャとした音が、余計に気になってしまうため、じっと彼らを見据えた。
 カチャリという音がしたのは、卯月がもう一度小銭を投入したからだろう。氷月は、汗をかくような室温でもないのに、自分の額にじんわりと汗が浮かぶのがわかった。

「あっ……」
 氷月が小さく声をあげると、ちょうど卯月がクレーンゲームで景品をゲットしたところだった。カタッと、取り出し口に転がってくる景品。

「わかったかい?」
「あ、はい。何となく。何となく、嫌な感じがします……」
「それで合っているよ。それが鬼憑きを感じるということだ。氷月は、鬼遣いとなってから年が浅いからね。びっちりと基礎訓練は積んだけれど、まだ視ることはできないのかもしれない」
 腰を折った卯月は、取り出し口から景品を取ると、それを氷月に押し付けてきた。

「そろそろ時間だね。帰ろうか」
 卯月が取った景品は、手の平サイズの小さな猫のぬいぐるみ。こちらは、なんとなく可愛い。
「近いうちに、私たちはあの鬼憑きを封じるよ」
 氷月は、ピクっと身体を震わせた。鬼憑きを封じる。それは場合によっては、鬼憑きとなったその人間を容赦無く殺す、という意味だ。もちろん、氷月はその場に立ち会ったことは無い。

「焦月。帰るよ」
 焦月は大きなぬいぐるみを抱きかかえていた。それはもちろんクレーンゲームの景品で、両手で抱きかかえるくらいのぬいぐるみが手に入れることができるのも、このゲームの魅力の一つでもある。

「ああ? やらねーぞ。俺の戦利品だ」
 なぜか焦月は氷月を見てそう言った。氷月は別にそれが欲しいと思ってみていたわけではないのだが、肩をしゅんとすくめ、不細工な猫のぬいぐるみを力強く抱き寄せる。

「で、鬼憑きは?」
 焦月はぬいぐるみを背負いながら、卯月に尋ねる。
「うん。確認できたよね。まあ、雑魚だ。今すぐ封じてもいいが、今、この場では目立ちすぎる」

「お子ちゃまがいなけりゃ、すぐに封じることができたのにな」
 焦月がジロリと霜月と氷月を睨んだ。氷月はまた身を縮めてしまう。

「そんなこと言ってさ。ずっとゲームで遊んでいた奴は誰だよ。しかも、一体何回両替して、いくらつぎ込んでんだよ」
 霜月は頭の後ろで手を組みながら、焦月に視線を向けた。

「ふん。お前みたいな雑魚しか狙わない奴と一緒にするな」
 焦月の背にあるぬいぐるみは、大きい。生まれたての赤ん坊よりも大きいかもしれない。

「っていうか、焦月(にい)の部屋に、そのぬいぐるみが置いてあるってだけで、ドン引きだな」

「戦利品だ」

「一体、何の戦利品なんだか。鬼も封じてない癖に」

「お前らがいたからだろ」

「二人とも、その辺にして。そろそろ本当に時間だからね。霜月と氷月を連れてここにいると、私たちが警察のお世話になってしまうことになる」

「ちっ」
 焦月は舌打ちとともに霜月を睨んだが、霜月はなんとも思わないのか、卯月に従って黙って歩き始めた。氷月も黙って霜月の後をついていく。その後ろに焦月がいるのだが、背後から冷たい視線が突き刺ささるような感じがした。もちろん、その視線の持ち主は焦月。