木春菊が咲く。

当時は少し変だと思っていた母のモットーに、私は本当に共感していた。心配された時、励ましてくれた時、見守っていてくれた時、ひどい事を言ってしまった時、いろいろあった。けれどその時に言えなかった、“ありがとう”や“ごめんね”がずっと胸の中で外に出たがっていて、ずっと忘れられなかったのだ。
「本当に素敵なお母さんですね」
泉さんがそう言うと、母は微笑みながら、ありがとう、と言った。
「あなたもよ。きいちゃんも。二人とも、素敵なお母さんだって」
私と泉さんは笑いながら、ありがとうございます、と頭を下げた。
 日が傾き、泉さん達が帰る時、私は彼女たちを駅まで送っていくことにした。ニコラさんは力持ちで、ドリーヌ君を肩車し、セリーヌちゃんを腕にぶら下げながら元気よく前を歩いていく。私と泉さんは少し遅れて、ゆっくりと歩いていた。
「次は明後日の幼稚園で、だね」
涼しい風に髪をなびかせながら泉さんが言った。
「そうだね。今日は楽しかった」
私がそう言うと、泉さんは今日招いてくれた事へのお礼を言ってくれた。
「こちらこそ、急に呼び出してごめんね。せっかくの休日だったのに」
すると泉さんは、そんなことない、と笑った。
「おかげで楽しい一日を過ごさせてもらえました」
優しく笑う泉さんの顔は、相変わらず綺麗だ。高校生の時と全然変わっていない。
 あの時、泉さんが私を叱ってくれなかったら、私はきっと、桜さんをお母さんと呼べなかっただろう。だから私はこの日、十年越しの感謝を彼女に伝えた。
「泉さん、あの時、お見舞いに来てくれてありがとう。あの時泉さんに、母親がなんなのかって言われなかったら、きっと私は桜さんをお母さんって呼べなかったと思うから」
すると泉さんは少し驚いた顔をしたが、その後すぐにまた微笑んでくれた。
「どういたしまして」
彼女はそう言い、私達の間には穏やかな沈黙が流れた。
 けれどしばらくしてから、泉さんがぽつんと言った。少し先を行く夫とドリーヌ君、セリーヌちゃんを見つめながら。
「私、あの子たちが初めての子どもじゃないの」
私が顔を上げると、彼女は微笑みながら続けた。
「流産じゃない。おろしたの」
そう言うと泉さんはお腹のあたりに手を当てた。
「私さ、中学生の頃に、一回妊娠したんだ。相手は私の妊娠を知った途端どっかいっちゃった。彼は高校生だった」