木春菊が咲く。

 遺影の中で微笑む希を撫でていると、部屋の向こうから桔梗がぐずる声が聞こえた。カーテンから、欲しくもない朝日が差し込んできた。大地はのろのろと起き上がると、台所でお湯を沸かし、粉ミルクを溶いて桔梗に飲ませてやった。希が入院してからずっと哺乳瓶でミルクを飲んでいたので、これに慣れた桔梗はごくごくと飲んでくれた。それに安心すると同時に、背後からは不安の影が襲ってきた。このまま自分は、桔梗がひとり立ちするまで、一人で面倒を見られるのだろうか、と。会社の都合上、実家に帰ることはできそうにない。それでも毎日奮闘しながら過ごしていた大地に、ある日、一通の手紙が来たのだ。送り主の名前を見た時、大地の心臓は潰れそうだった。
慶永 桜
そんなはずはない、と驚きながらも破くようにして封を切った。震える手で手紙を持ちながら呼吸も忘れて文章を読んだ。

拝啓 八百瀬大地様

お元気ですか。突然のお手紙、本当にごめんなさい。

 私があなたに謝らなければいけないことは、これだけではありません。他にも、一杯あるんです。一杯。
 あの日、突然いなくなって、本当にごめんなさい。あなたに何も相談せずにいて、ごめんなさい。あの後、私が意識を取り戻さなくなってから、何があったのか父から聞きました。大地君がすぐに家まで来てくれた事、私のことをずっと待ってると言ってくれた事。
 父も母もあなたに酷いことを言ったようですが、どうか許してください。父も母も、本気であなたを責めていたわけではないんです。でもあの時、私はもう二度と目を覚まさないかもしれなかった。だから、まだ若い大地君に、辛い思いをして欲しくなかったのだそうです。
 あれから十年が経ちました。私は十年越しに意識を取り戻しました。病院の先生は、奇跡だと言っています。きっと、大地君の十年も色々あったのでしょう。もしかしたら、素敵な誰かと一緒にいるかもしれません。そうだとしたら、心から、おめでとうございます。
 でも、私はまだ大地君のことを十年前と同じように大好きです。きっと、これからもずっと好きです。

まだまだ伝えたいことも謝りたいことも、感謝したいこともたくさんあるのですが、きっと書ききれないでしょうから、ここで筆をおかせて頂きます。
敬具