木春菊が咲く。

「花の名前が、いい」
希さんはきょとんとして首をかしげたが、すぐに、素敵ねといって笑ってくれた。大地は彼女に桜のことは話していなかった。前に付き合っていた彼女がいた事は流れで話した事は合ったが、彼女との別れや今どうしているかについては、一切隠し通してきた。だからだろうか。隠そうとしている間はどうしたって忘れられない。桜と言う名前の一部を、この子に残してやりたかったのだ。
「それじゃ、桔梗なんて名前は?すごくかっこいいと思わない?」
どうしてその花を選んだのかという大地の質問に対する希の答えは、とても単純なものだった。
「私が好きだから。桔梗ってすごく凛としてるでしょ。静かな強さがあるっていうか。だから、この子も強く育ってほしいと思って」
桔梗。桔梗。強く育ってほしい。大地は心の中で希の言葉を繰り返した。どんなことがあっても、強く育ってほしい。その願いは、死ぬほど強かった。辛いことがあっても、苦しいことがあっても、悲しいことがあっても、生きてほしい。生き抜いてほしい。大地は娘の頭をそっと撫でながら、その名を呼んだ。
「桔梗。今日からお前は桔梗だぞ」
心の中で、強く生きろ、と祈りながら。でもきっと生まれたばかりじゃ無理だ。だからしばらくは、自分と希がそばにいる。大地はそう思っていた。だから、一年後、桔梗と二人だけになるなんて、思っていなかった。
 希はずっと自分の隣にいてくれると思っていた。遺影を抱きしめながら、大地は部屋で一人、声を殺して泣いた。あっという間だった。希の命は、あっという間にこの両手からすり抜けてしまった。白血病だとわかって、できる治療はなんでもした。ドナーが必要になった時は、ありとあらゆる手段を使って適合者を探し回った。けれどついにドナーは見つからなかった。
「今の医療では、彼女を助けることができません」
医師からのその言葉に、大地は絶望するしかなかった。神様に祈ったりもした。どうか希を助けてくださいと。自分の寿命を半分にしてもいい。いや、もっと削ってもいいから、希と、桔梗と、自分と三人が過ごせる時間を一秒でも長くしてくださいと、必死になって祈ったりもした。八百万も神様がいるのなら、誰かは助けてくれたっていいじゃないか。けれど必死な大地の祈りも虚しく、希は日に日に衰弱していき、ついには帰らぬ人となってしまった。