木春菊が咲く。

「うわー。怖かった」
お化け屋敷から出た桜はそう言うと胸をなでおろし、次はボートに乗ろうと言ったので、大地も頷いた。それから二人はボートに乗り、綿菓子を食べ、ダンスやパフォーマンスを見て、それから観覧車にも乗った。観覧車のてっぺんに来た時、桜がキスをねだったので、大地はこれまでで一番の勇気を振り絞って、彼女の唇に触れた。観覧車から降りる頃になっても、二人とも顔が赤かったので、お互いにおかしくなって笑ってしまった。
 電話がかかってきたのは、その翌日だった。夜の八時前、大地の家に電話がかかってきた。それは桜の父親からで、電話越しの静かな声が大地の鼓膜を突き刺した。
「桜が、自殺しようとした」
頭が真っ白になった。大地はなんとか平静を保とうと踏んばった。けれどぐらぐらと辺りが揺れて、気がつくと大地はしゃがみ込んでいた。
「一命はとりとめたが意識が戻らない」
桜の父親は、それだけ言うと電話を切った。大地は息を整える間もなく、家を飛び出して桜の家に向かった。桜がいるのはどこかの病院だとわかっていても、家に行かずにはいられなかった。どうして。どうして。そんな言葉が頭の中で激しく巡った。どうして自殺しようとしたんだ。どうして。どうして。
 必死になって自転車を漕いだ挙句、桜の家に着いた大地だったが、家には明かりひとつ、灯っていなかった。それでも大地は自転車を放り出すと、桜の家のチャイムを鳴らした。しかしチャイムが呼ぶのは沈黙ばかりで、家に人が居ないのは明らかだった。大地は玄関先にしゃがみこむと、そのまま俯いて両手を強く合わせた。何時間も、何時間もそうしていた。やがて空が白み始めたころ、家の前に一台のタクシーが止まった。はっとして顔を上げると、ちょうどそのタクシーから桜の父親と母親が降りてきた。けれどそこに、桜はいなかった。
 桜の両親は家の前に大地がいたことに驚いていたようだったが、大地は構わず近づいて二人に尋ねた。
「桜は!?桜は無事ですか!?」
けれど母親は涙を流すばかりで答えてくれず、父親は、まだ意識が戻らない、と告げただけで大地を押しのけて家に入って鍵をかけた。ただひとり取り残された大地はしばらく桜の家を見上げていたが、やがて乗り捨てた自転車に跨り、よろよろと家に帰った。疲れていたし、とても眠たかったが、どうしても眠れなかった。