木春菊が咲く。

「産んだって、自分の子どもに手を上げるヤツだっているんだ。産んだって、自分の子どもを愛さないヤツだっているんだ」
お腹の前で両手を握りしめる彼女の瞳から、ぽろぽろと涙が落ちた。
「産みたくたって、産めない人もいるんだ。どんなに守りたいと思っても、守りきれなかった人だっているんだ」
泉さんは両腕で涙を拭うと、私のベッドを叩きながら叫んだ。この時私は、彼女が愛を求めてきた理由に、気づいてしまったのだと思う。彼女は愛されなかったのだ。彼女は守れなかったのだ。泉さんは声を荒げた。
「産もうが産めなかろうが、誰よりもその子を愛するのが母親なんだよ!誰よりもその子を守り抜くのが母親なんだよ!桔梗だってわかってんでしょ、桜さんは、あんたの母親なんだよ!」
私は思わず彼女から目を背けてしまった。
 入学してから桜さんは、私の高校生活についてしつこく聞いてきた。過干渉だとおもうくらいに。けれど、きっと桜さんは、怯えていたのだろう。私が、桜さんと同じ目に遭うことを。時々見た桜さんの瞳の中の不安は、私が桜さんと同じ選択をすることへの恐怖だったのかもしれない。だから必死になって私の様子を伺い、鞄の中を漁ってまで確かめようとしていたのだ。桜さんは、私のことをどこまでも心配してくれていた。そしてそれは高校生活が始まる前も、同じだった。幼稚園の時、大好きな縫いぐるみをなくして大泣きする私を何とか励まそうと、雨の中探しに行ってくれたり、似たようなぬいぐるみを買ってきたりもしてくれた。はじめこそ私はそれを投げつけて泣きわめいていたが、桜さんはぎゅっと私を抱きしめてくれた。小学生の頃、ジャングルジムから落ちてけがをした時も、桜さんはすぐに病院に駆けつけてくれた。そうした大きな出来事以外でも、桜さんは確かに私を愛してくれた。毎晩の読み聞かせ、公園まで握ってくれる手、怖い夢を見た時に歌ってくれる子守唄。桜さんは、誰よりも、私を愛してくれていたのだ。
「桜さんをお母さんだと思う事は、希さんをお母さんだと思わないことにはならないよ」
泉さんは私の側に腰かけると、手を取って優しくそう言った。
「きいちゃんには、お母さんが二人いるんだよ」
そして彼女は微笑んだ。
「素敵だね」