木春菊が咲く。

 涼は部活があるからと、それからすぐに病室を出ていった。きっと本当は病室に来る余裕もなかったのだろう。明日も来るからという涼に、私は無理しなくていいとだけ伝えた。けれど泉さんはまだ帰らなかった。何を話せばいいのだろう。そう思っていた私に、泉さんが言った。
「どうして言ってくれなかったの?」
泉さんの顔は、これまで見た事がないくらい悲しげだった。突然そう言われて、私は言葉に詰まった。彼女は何か言おうと口を開いたが、すぐに閉じた。そして、消え入るような声で言った。
「きいちゃんにとって、私は、“ただのクラスメイト”だった?」
その言葉に私は思わず顔を上げた。毎日の会話、一緒に勉強したこと、恋話で泣いたり笑ったり、慰めたりしたこと。いつも一緒だったわけではない。けれど、私にとって彼女はもう、“ただのクラスメイト”だけでは収まらない。彼女が許してくれるのなら、歓迎してくれるのなら、私は、泉さんを、友達だと思いたかった。
「そんなことない」
絞り出すようにしてそう訴えると、泉さんはじっと私を見つめた。
「じゃあどうして言ってくれなかったの?」
繰り返されたその質問に私は俯いたが、泉さんはその答えを待たずに続けた。
「なんて質問、本当は私もできないんだ」
怪訝に思って彼女を見ると、泉さんは私の顔ではなく、手を見ながら告げた。
「私もきいちゃんに隠してることあるから」
私が黙って彼女を見つめると、泉さんはお腹の前で手を組み、深く息を吐いた。
「でもきっと、これからもずっと、秘密にしてると思う」
泉さんが何を隠しているのかはわからない。けれどこの時、ふと彼女に聞いてみたくなった。そして私は、口を開いた。何の抵抗もなかった。私は泉さんと、桜さんを比べてしまったのだ。気丈にふるまう泉さんも、彼女と同じ選択に迷ったことがあったのか。
「泉さんは、死にたいって思ったこと、ある?」
私の質問に、泉さんは静かに顔を上げた。彼女は私を見つめて答えた。
「ないよ」
けれど悲し気に、付け足したのだ。
「でも、消えたいと思ったことは、あるんだ。何度も」
どうしてそう思ったのか、私はそれも聞きたかった。彼女は私の心を呼んだかのように、自ら話始めた。