木春菊が咲く。

「何言ってんのよ、ほら行きますよ。お嬢さん、ごめんなさいねえ」
おじいちゃんとおばあちゃんはそう言いながら去っていった。私は目の前に転がった大きくて白いおにぎりを見つめた。こんな朝早くから。ここ、病院なのに。涼と言う人は、本当に、本当に、馬鹿な人だ。ころころと頬を伝う涙を拭いもせずに、まだ温かいおにぎりに私はかぶりついた。具なんて入っていないのに、ただお米に塩をかけただけなのに。こんなにおいしいなんて、思ったことはなかった。
 さすがに三つは食べられなかったので、最後の一つはおやつに残しておいたが、二つ食べ終えるころには私の心はどこかすっきりしていた。泣くだけ泣いて、食べるだけ食べて。それに、彼から、愛してる、そう伝えられて。たったそれだけなのに。すべてがどうでも良くなっていた私にとって、それだけでも、生きる理由には十分だった。私も涼が好きだ。大好きだ。だから、私の両親がどうであろうと、私は涼と生きたい。絶対にまた会いたい。映画も観たいしテーマパークだって行きたい。私は残ったおにぎりをそっと両手で包み込んだ。
「うーわ。なんかすっごい元気な子いたね、今」
先生が廊下の向こうを見ながら入ってきたので、私は頭を下げた。
「すみません。その人、その、私のお見舞いに来てくれたんです…」
先生はにやりと笑った。
「知ってるよ。よく通る声を持ってる子だったからね」
でも次は静かに登場してくれるように頼んどいて、と言いながら先生は私の横に腰かけた。いろいろと資料に目を通している先生に、私は言った。
「先生、私、手術、受けます」
先生はにこりとしながら頷いてくれた。
「準備はできてるよ」
その言葉の後に、先生は私に話してくれた。あの日、私が二人を病室から帰した日、二人も先生も私が手術を拒否するかもしれないと考えたと。それでも桜さんは、いざとなったら意地でも手術を受けさせると言い、ドナーとしての準備を進めてくれていたのだ。
「絶対に助けてくれ、そう言われたからね」
先生はそう言いながら片手を差し出してきた。
「だから、一緒に頑張ろう」
私は頷くと、先生の手を握り返し、それから頭を下げた。
「よろしくお願いします」

 それから二日後、私は骨髄移植の手術を受けた。私が目を覚ました時、隣にいたのは、涼だった。
「きいちゃん、大丈夫?」