木春菊が咲く。

「そんなの俺だってわかってるよ。何週間だろうが、何か月だろうが、きいちゃんが元気になるまで待つに決まってんじゃん。それに、迷惑なんて俺の方がかけてるし」
少し言葉に詰まった後、彼が続けた。
「俺、きいちゃんのこと、好きだし」
好き。誰かに好いてもらえるなんて、幸せなことなのだろう。けれどこの時の私は、何もかもがどうでもよかった。どうでも良かったから、その幸せを、受け取りもせずに捨ててしまった。
「私は、どうでもいい」
後悔しろ。後悔しろ。今言ったのは嘘だと言え。私もちゃんと涼が好きだと伝えろ。頭の中ではわかっているのに、口が動いてくれなかった。沈黙だけがしばらく流れ、わかった、と涼の言った言葉だけが耳に残った。彼は電話を切った。私はベッドに戻り、流れていくだけの涙を止めもせずに眠りについた。このまま目覚めなければいいのにと思いながら。
 どれだけ願っていても、生きている限りは死ぬことはできない。何もかもがどうでも良いと思うようになった私は、次の日の朝はただぼーっと病室の窓を見ていた。けれど急に廊下が騒がしくなり、私の病室の扉がばんばんと叩かれた。こんな朝から一体誰が…。そう思って目をやると、そこには涼がいた。制服を着ている。それはそうだ。今日は平日なのだから。その事実を把握すると同時に、平日なのになんでいるの、という疑問が湧いて来た。けれど涼はそんなことお構いなしに、息を切らせながら私のベッドの横にきて、大きなおにぎりを三つ、どっかとかけ布団の上に置いた。
「きいちゃん、絶対、手術受けろよ!このおにぎりも、全部食べろよ!てかもう行かなきゃ遅刻すっから!」
そう言いながら出口に向かった涼は、病室の椅子につまずいて盛大にこけた。
「ちょっと、大丈夫!?」
思わずそう尋ねた私に、涼はピースサインをしながら笑った。
「俺、きいちゃんが好きだからな!愛してるからな!」
最後の一言で私は自分の心臓が破裂するかと思った。涼はそれだけ言うと登場と同じように騒がしく出ていった。廊下を歩いていた白髪のおばあちゃんが、隣のおじいちゃんにのんびりと言った。
「あらまあ、元気な男の子ねえ」
「うらやましいのう…。愛してる、か…」
「あら、あなた…?」
病室の扉が開いたままだったので、お爺ちゃんがにやりとしながらこっちを見てきたのも丸見えだった。
「ええボーイフレンドじゃないか。え?」