先生はふと窓の外に目をやった。一枚の葉もない木が北風に吹かれて枝を揺らしていた。再び私の目を見た先生が覚悟を決めたように言った。
「来年の桜は、見られないと思う。来年だけじゃない。もう二度と、見られない」
今度は私から目をそらした。そして、乾いた木の幹を眺めながら、ぼんやりと言った。
「それでもかまいません。移植なんて、しなくていいです」
そういうわけにはいかない、先生の顔にはそう書いてあったが、先生はそれ以上何も言わずに病室から出ていった。
 その日の夜、私は久しぶりに涼と電話をした。そしてその時に私は初めて、自分が白血病であることを彼に告げた。そして、今回が二度目であることも。けれど母が本当の母ではなかったことはどうしても言えなかった。半ば嘲るように話していた私だが、涼は口を挟まずに聞いてくれた。話し終えると、涼が少し安心したように言った。
「でもドナー、お母さんがなってくれるんでしょ」
私は、うん、と言って頷くことしかできなかった。そのお母さんが、お母さんではなかったなんて言えなかった。手術を受けたくないなんて、言えなかった。このまま死にたいなんて、言えなかった。
「じゃあさ、手術前にお見舞い行ってもいい?果物買っていくからさ」
「いいって」
どうせ手術しないし。
「治ったらどこ行こうか。テーマパークとかどう?きいちゃん前から行きたいって言ってたし」
「うん、考えとく」
その頃には死んでるって。
「てかきいちゃん、入院しちゃったから行こうって言ってた映画観れなかったじゃん。病室って映画とか見れるの?借りていくよ」
「あれホラーでしょ。心臓に悪いって」
そのまま心臓麻痺とかで死ねないかな。それから涼は必死にどうでもいい話で私を励まそうとしてくれた。私は適当に返事をしていたが、しばらくしてから涼の話を遮るようにして彼に告げた。
「別れよ」
「…」
涼も私の返事が適当であることに気がついていたのだろう。驚きはしなかった。私は彼の気持ちも自分の気持ちも考えずに続けた。
「手術した後だってすぐにどこにでも行ける訳じゃないし、涼にもいろいろ迷惑かけるだろうし」
どうせ死ぬだろうし。そう心の中だけで言いながら、私は涼の返事を待った。涼は少しもひるむことなくすぐに答えてきた。けれど彼の声音には、確かにどこか焦りがあった。