「お父さんたちは、高校生の頃から付き合ってたんじゃないの?どうしてお父さんは桜さんと結婚したの」
桜さんは短く息を吸うと黙り込んだが、反対に父は小さく息を吐いて病室のもう一つの椅子に腰かけた。
「父さんが、悪かったんだ」
父はまず初めに、そう言った。桜さんは涙流れに何度も首を振っていたが、父は構わず続けた。そして桜さんの方を見ながら言ったのだ。
「父さんと母さんは高校生の時、確かに付き合っていた。でも、ある時別れることになったんだ」
私は黙って聞いていた。
「母さんが、植物状態になったんだ」
桜さんが、植物状態。私は耳を疑った。だって、今までの姿からはちっとも想像できなかったからだ。
「俺が悪かったんだ。彼氏だっていうのに、母さんが苦しんでることに気づいてやれなかった」
そして父は、桜さんが高校時代いじめにあっていたことを告げた。父は桜さんと高校が違ったし、桜さんも父の前では元気に振舞っていたので、父はそれに気がつかなかったのだ。けれど桜さんはある日、入水自殺を試みた。幸い一命はとりとめたものの、意識は戻らず植物状態になってしまったという。桜さんの両親は、娘を守ってくれなかった父を拒絶し、父は桜さんの元から去らなければならなくなったのだ。数年後、父は別の女性、つまり私の本当の母である希さんと結婚して私が生まれた。けれど私を産んですぐに希さんは白血病で亡くなってしまった。ほぼ同時期に、奇跡と呼ぶべきか、桜さんが回復した。桜さんは真っ先に父に手紙を書いたという。父は桜さんと再会し、しばらくの交際を経て再婚したのだという。
 話を聞き終えた私の両の目から熱い涙が込み上げてきた。ふと、脳裏に自分の声が蘇る。
「私たちがもし別れたら、どうなると思う?」
以前涼にこんな質問をしたことがあったっけ。その時涼はこう答えてくれた。“桔梗以上に誰かを好きにはなれない”だから、“誰とも付き合わない”と。でも父は違う。母が死んで、桜さんと結婚したのだ。父は、桜さんを愛したのだ。
 私はあふれる涙を両腕で隠すようにすると、ベッドに仰向けに倒れた。視界から父も桜さんも消え、病室の真っ白な天井だけが見えた。私は数回浅く呼吸をして、それから大きく息を吸って、吐いた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあもう、このまま私を、放っておいて」
力なくそう言う私に、桜さんが立ち上がった。