私は吐き捨てるように言った。写真の中で優しい眼差しを向ける女性を、私は知らなかった。
「私は本当のお母さんは、お母さんだと思ってた。疑ったことだって一度もなかった。でも本当のお母さんはもう死んだんでしょ。私はお母さんの存在を知らなかったんだよ。写真だって、今初めて見た。お墓参りにだって行ったことない。母親が死んだらそりゃ悲しむよ。でもそんなの仕方ないじゃん。どうして話してくれなかったの。それを隠してる方が、お母さんが死んだことを受け入れるより、よっぽど辛いに決まってんじゃん」
桜さんは俯いて何も言わなかった。私はそれ以上は何も言わない代わりに、ありったけの憎しみを体から叩き出し、彼女を睨みつけた。
 その後も沈黙が続いた。それを破ったのは、病室の扉が開く音だった。父が入ってきたのだ。ちょうどいい。私はそう思った。そして桜さんに向けていた眼差しを、そのまま父に突き刺した。父は桜さんが私に告白したことを悟ったのだろう。何があったのか聞くこともなく、何も言わずに、ただ私のベッドの前に立った。そんな父を私は問いただした。
「どうしてこの人と結婚したの」
“この人”。その響きに桜さんの肩がぴくりと動いたが、私は構わなかった。酷い事を言っている。自分でもわかっていた。けれどどうしても自分を抑えられなかった。心のどこかでいい気味だとさえ思ってしまっている。最悪だとわかっていながら、桜さんを恨まずにはいられなかった。恨むのがこんなに辛いなんて、考えた事もなかった。
 父は私から目を背けなかった。
「愛したから、結婚した」
「母さんは?私の本当のお母さんは?」
歯を食いしばりながら唸るように聞く私に、父は淡々と答えた。
「愛していた」
今すぐベッドから飛び出して、この男を殴ってやろうかと思った。けれど私の中でのたうち回るその憎しみは、すぐに悲しみとわずかな憐れみへと姿を変えた。父が、唇をかみしめて肩を震わせながら言ったのだ。
「でも、死んでしまった」
憎みたかった。目の前で肩を震わせる父を、私の横で必死に涙をこらえる桜さんを、心の底から憎むことだけができたら、どれだけ楽だっただろう。でもどうしても、私にはそれができなかった。こんな時でも私の頭は冷静だった。以前夕食の席で桜さんが言っていたことを思い出した。桜さんが父と付き合っていたのは高校生の時だったと。